夢か、現実か、
「もう、サイアク…。」
「どしたってのよ。今日、あんたの好きな作家の人がインタビュー載ってる雑誌出るんじゃなかった?」
「……買ってない。」
「え、なんで!?」
「だって……、」
言えない。
どうあろうがお客様の情報はお客様の情報。まさかうちにその大好きな作家サマが泊まっているだなんて。言えるはずがないのだ。けれど、納得も出来ない。新作が出たばかりで雑誌に引っ張りだこである“穂村 浩司“のインタビューが読める雑誌も、バイト前に手には取ったが買うに至らなかった。至れなかった。
「いよいよ飽きた?」
「そんなんじゃない!」
「じゃあ?」
「……わかんない、読む気になれない。」
沸々と浮かぶものがあるが言葉に出来ない。曖昧にモヤモヤしたまま千恵に別れを告げる。はあ、と苦しい胸からは苦々しいため息が零れた。
『俺の時間取ってんだからさ』
ちく、と。胸を刺す言葉は間違いなくその張本人からくだされたものだった。確かに、ファンからすればその彼が小説を書くに至るまでの時間は貴重だ、自分だって大事にしたい。だからといってあの態度。到底、納得できるものではなかった。家路につく足取りが重い。再度本屋によって、新しいインタビュー記事を読んでみることにした。
「やっぱり、本の言葉は本当に綺麗なのに。」
ぺら、ぺら、とめくるほどにときめかされる。新作は勿論読破済みなので、時折引用されるその文章に惚れ惚れとした。……と、同時に思い起こされる昨日の件。あんな、あんな人がこの文章を書いているだなんて。ずし、ずし、と重い足を引き摺って家まで辿り着く。
「あれ…?」
辺りはすっかり暗くなっているのに、離れには明かりが灯っていなかった。件の彼は食堂にでも居るのだろうかとついそちらを見てしまう。すると、なーん、と猫の甘える声が聴こえてきた。
「こーら、おまえ、それは食い物じゃない。」
すると、離れの縁側に裸足で胡坐を掻いて、猫と戯れている穂村の姿が有った。自らの指を噛み付かれたのか、優しく諌めながら手の甲で背を撫でる。こうしているととてもやさしい人のようだった。でも、それごときで消える昨日の毒舌っぷりではない。つい、と視線を逸らして玄関に入るものの、頭の中は先程の情景が離れなかった。
そのまま、つい、いつもの癖で下宿と共同の方の廊下を使ってしまう。それもタイミングが悪い事に穂村が部屋から出てきた瞬間だった。言葉も行動も思いつかず、固まってしまって、ばちりと視線がかちあう。
「飯。」
「え…?」
「食堂。行くんだよ。退け。」
先程見た者は恐らく幻だったのだろう。傲慢な態度で肩で押しのけられて、怒りさえもわかなかった。やっぱり違う。あの人は、作品とは違うんだ。そうなんだ。結局買ってしまった雑誌を手に乱暴に階段を上がり、自室の机に雑誌の入った袋をばんと叩きつける。どうして。頭の中はそれでいっぱいだった。私の憧れの人は、穂村 浩司は、一体どれなんだろう。何が正しいんだろう。食事をする気にもなれなくて、そのままベットに倒れ込む。