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篝火  作者: 海月みなも
3/10

数奇なる出逢い

女将服に着替え、部屋の片づけを終えた喜咲が応接間に座る司へお茶を出し、頭を深々と下げる。


「お待たせして誠に申し訳ありません。ようこそ、下宿「篝火(かがりび)」へ。お待ち申し上げておりました。」

「待ってたにしちゃえらく待たされたんだけどね。」

「ふふ、お口は変わりませんね。ああ、いえ、仰る通り大変なご無礼を……、もう随分とお越しになられてなかったもので。穂村さんだけじゃなく、お客様自体が。」

「そりゃ随分な不景気だね。まあ、時代も時代か。なんでもいいんだけどさ俺は、書ければ。」

「当時と代わりの無いお部屋のまま、かと。」

「ありがとう。いいよ、お茶とか飯とか適当にするからさ、当時と手洗いとか何も場所変わってないでしょ。離れの辺りを自由にしていいなら、それで。」

「それはもう、穂村さんのお好きな通りに。」


同席し、気まずそうに俯く美咲。傲慢な態度でソファに座っていた司は、立ち上がると我が物顔で離れへとキャリーバッグを持ち上げ向かっていこうとする。


「穂村さん、荷物は私が、」

「いいよいらないよ、大して重くもないんだからさ。それより早く一人にしてくんない。」

「……かしこまりました。ごゆるりと。」


明らかに重たそうなキャリーバッグをそれでも自身で持ち上げ離れへと向かっていく司。無礼な態度にも全く物怖じした様子の無い喜咲に、美咲が肘鉄を入れる。


「……どういうこと?なんなの、あの人。」

「なんなのって、穂村浩司先生、あんたまさか知らないの?」

「知らないわけないじゃん、ってか私、めちゃくちゃファンだし……!でもうちの下宿に来たことあるなんて知らないし、なんか、あんな……あんな感じの人、なんて……」


美咲は目を閉じ、想像する小説の世界を脳裏へと広げる。繊細な水彩画のような水面に立ち尽くす自分へ、静かな言葉が優しい声で降りてくる。なのにそれは小説の中の言葉とは違い、先ほどの無礼極まり無い態度の男の台詞で、綺麗な世界が一瞬で壊れるようにかき消される。現実に戻ると唇を噛み締め、拳を握り締める美咲。


「穂村さんはね、私がここを継ぐ前にいらしてたお客様だったのよ。」

「おばあちゃんの代?」

「そう。彼のデビュー作が仕上がったのが、あの離れなの。だからあんたがちっちゃい頃なんかは、あの離れに籠ってたのはずっと彼なのよ。ここは下宿と言っても、他に殆どお客様はお越しにならないから、彼の為の離れのようなものなのよ。」

「嘘でしょ……全然知らなかった……」


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