篝火
真っ暗だった世界に炎が灯った。気にせいだと思っていたそれは瞬く間に大きくなり、自分と言う囲いでは防ぎきれなくなる。飛び散る火花からは痛みを伴って、ちくちくと胸を刺すような感覚に陥る。だけれどもその炎は言った。この場所に居たいのだと。途端形を持たなかった炎に自分の色が射した。黒と赤は交じり合わない。圧倒的な明るさをもって、食いつくすように黒は消えていく。やがて、それはもしかすると、一つになるのかもしれない。別々になるのかもしれない。今はどうでも善かった。
愛おしいという感情を説明する術は持たない。だが、これがそういうものなのだと提示されている気分だった。囲う中で美しく咲き誇る炎の花。いつまででも眺めていたかった。有限と言っても離したくなかった。強く願うとそれはふいに涙をこぼした。
なあ、終わらせるくらいなら、一緒に終わってしまおう。
言って囲いは炎を包み込む。とどまらない炎は抱き締めるように囲いへ沁み込んでいく。例えばこの一晩だけでも。自分は炎の為に、炎は囲いの為に、命を燃やしたのだろうか。それならばもう、あとは消し炭になってしまっても構わない。今宵ばかりの輪舞は誰に知られることも無かった。それらが消え去ってしまうことも、また。誰も知る由も無かったのだ。
──『篝火』穂村浩司
私は離れの部屋で涙を流していた。そこには穂村先生の新作と、いくつかの雑誌があった。
「穂村浩司 電撃引退」
「最新作「篝火」が最後の作品」
「先生とは連絡がつかず」
「穂村浩司、失踪か!?」
文字が目から滑って落ちていく。それは涙を形成して、ぱたぱた、と雑誌を濡らした。
間違いなく、自分のことを書かれた話だった。
ならば、あの夜が最後の夜だったのか。似通った記憶がどんどんと鼓動を打ち鳴らす。
どうしてもう会えないんだろう。どうして消えてしまったんだろう。最後に何を思ったんだろう。
疑問はどれとして解決しない。だが、確かな事実として、そこにあった。
穂村浩司は、もういない。
それはつまり、穂村司ももういないことを指す。嫌だ。叫びたかった。でも声にもならなかった。何故だろうか。もう二度と会えない気がした。何度拭っても溢れる水分が止まらない。いやだ。いやだと全身が駄々をこねていた。遣る瀬無い気持ちで数日中々眠れなかった。バイトも休んでしまった。心配の連絡が友人から来るが、答えている余裕はなかった。塞ぎ込んでしまった自分を見て、母も驚いていた。誰も何も成す術もない。そんな日々を過ごした。
──一か月が経った。
現実を受け入れるには十分な時間だった。私は離れを掃除しながら、そういえばおじいちゃんの作品もおいていたんじゃないか、とふと気が付いた。
おじいちゃんの作品の隣に、彼の作品を飾っておこう。きっと、喜ぶはずだ。よくわからない使命感から離れを散策し、やっとのことでおじいちゃんの作品を見つけることが出来た頃には、日が傾いていた。夢中になっていたから、気が付かなかった。ごろごろと重い荷物を引き摺るような音に。
炎は、二度咲くだろうか。
それはきっとまだ、執筆されていない先のお話。




