間違い
アーデルベルト、お前はなんて運のないやつなんだ。
仕事をなくし、家をなくし、金もなくした。
お前に残っているのはヴァイオリンと無駄に長い名前と自分の体だけだ。
アーデルベルト、お前は本当に運のないやつだよ。
「あぁ、ゲールハルト!会いたかったわ!」
ギュゥウと俺を抱きしめて放さない変な老婦人。
「ぅ、ぐっ…」
もうダメか…と諦めかけた時、誰かが警察に連絡をしたのか、パトカーが集まりだして、俺は解放された。
「では、失礼ですが署までご同行願いますか?」
警官が俺を連れてパトカーに乗り込もうとした時、さっきの老婦人が呼びとめた。
「ちょっと、あなた達何をしてるの?その子は私の息子よ。ね、ゲールハルト」
どうやら、ゲールハルトというのはこの人の息子らしい。
家出か何かをして見つかっていないのだろうか。
それとも頭がイカれてるだけか…
どちらにしろ、この勘違いを利用しない手はなかった。
疑わしげにこちらを見てくる警官に、俺は愛想よく笑って言った。
「あぁ、そうなんだよ。しばらく遠方に行っててね。久しぶりに帰ってきてたんだ。
軽い事故だよ。おば…母さんも許してくれてる」
訝しげにこちらを見ていた警官も、俺と老婦人に言われてこの件はあまり深入りしないことにしたのか、俺は現状注意だけですんだ。
パトカーが遠ざかっていくのを階段の上から見送りながら、俺はヴァイオリンをケースに入れなおし、その場を立ち去ろうとした。
しかし、まだ問題は残っていた。
「ゲールハルト?どこへ行くの?」
あの老婦人だ。
勘違いを利用して助かった恩もあるし、あまり手荒なことはしたくなかったが、このまま“ゲールハルト”でい続けるのも面倒くさいことこの上ない。
「あのな」
「なぁに?ゲールハルト」
「俺はゲールハルトじゃない。あんたの息子の子どもでもない」
「そんなはずはないわ!私が見間違えるなんて…」
オロオロし始めた老婦人を見ながら、俺は溜息をつく。
今日で何度目の溜息か。
「あのな。そのゲールハルトってやつがだれだか知らないが、俺は“アーデルベルト”
理解したらさっさと帰ったほうがいい。この辺りは夜になると危ないからな」
そう言い捨て、俺はその場を立ち去った。
年寄りの子守なんてまっぴらごめんだ。
それに、こっちはこっちで切羽詰ってるんだからな。
欧米の名前は覚えにくいです…何で主人公の名前こんな長いんだろ←