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交易組合マリアンの報告書1

「サイアクだわ……」


 マリアンは暗く垂れ込めた雲を見上げながらつぶやく。長い髪が巻き始めている、雨が近いのだ。

 交易組合の『不幸は幸せの前倒し』という格言は知っているが、不幸の女神は実に狙いすましたかのように重ねてくるものだ。女神というから女には厳しいのかしら、と思わなくもない。

 本来なら6頭立ての馬車で朝には港を出て、夜には峠を越えているはずだったのだ。

 それが、船の到着が遅れて、出発が昼前に。頼んでいた馬車も馬が調子が悪いと4頭になり、そうなると峠は越えることはできないから、あの何もない村を通っての山越えとなる。邪険にされることはないが、護衛を頼んでいた狩猟組合の2人と共に村長の家に泊めてもらう時の居心地の悪さといえばなかった。まだ、その辺にテントを張らしてもらえた方がよほど気が楽という物であるが、畑と居住区しかない村なのでそれも叶わず。


「はぁ、……もう無理」


 ポツと雨粒が鼻の頭に落ちてきた。やがて雨脚は強くなり、村に着くころにはずぶ濡れ、ぬかるみに車輪を取られ日も完全に落ちてしまっていた。泥にまみれ、心は完全に折れ、護衛の女の子らと共にもうどうでもよくなっていた。


「ん?」


 半年くらい前に来た時とは様子がおかしかった。

 居住区と畑以外に土地が開けているのだ。


「こんなに広かったかしら?」


 とりあえず村長に取り次いでもらうために村人を探していると、傘を被った女性が声をかけてきた。


「山越えの方ですか? 雨が降って大変でしたね」


 こちらにどうぞ、と居住区とは逆の方へと案内される。

 以前は雑草の生い茂る荒れ地だった場所に、地面から少し高く盛られた土台に何本かの柱で支えられる屋根と腰の高さくらいまでの壁が外周を囲う一軒家くらいの大きさの建物ができていた。


「大きな『ガゼボ(公園などにある柱と屋根だけの休憩場所)』みたいなものになっちゃったけど、よかったら後で感想を聞かせてくださいね」


 中は干し草が敷き詰められ、そのままテントを立てられるようになっていた。奥にはかまども設えてあり簡単な料理などもできそうである。陣幕なども用意され、驚いたのは『ハンモック』という吊り下げ式の寝具である。腰を下ろしてから身体をずらしながら寝るようにするのだが、宙に浮くという不思議な体験ができた。暑い夜なども快適に過ごすことができるだろう。


「身体が冷えていると思いますので、良かったら温まりませんか?」


 興奮しすぎて濡れているのを忘れていたけれど、確かに寒さを感じていた。

 それは少し離れた場所に立つ小さな小屋だった。


「これはまさか……」


 脱衣所で衣服を脱ぎ隣の部屋へ。

 ロウソクでぼんやりと浮かぶ温かい室内。入って右手に簡単な椅子が2つ。左手には植物で編まれたカゴのような物が置かれていた。


「桶の水をカゴにかけると……」


 焼けるような音がして勢いよく蒸気があがる。

 街でもあまり見かけない蒸し風呂である。彼女自身も数回しか使ったことはない。


「この短いロウソクにはリラックス効果のある香料が入っています。消える頃が丁度よい時間になりますので。こちらの『たわし』は適当に使ってください」


 硬すぎず柔らかすぎない繊維の塊。植物か何か? 

 もう疲れからか頭が回らなくなっていた。


「マリアンさん、大丈夫ですか?」


 あまりの心地よさからうたたねをしてしまったようだった。様子を見に来た護衛の女の子に声をかけられた。


「ごめんなさい。寝てしまっていたわ」


 あわてて服を着て戻ると大きめのテントが張ってあった。

 濡れてさえいなければ気温は過ごしやすいのはこの地域特有の気候である。護衛の子たちはハンモックで交代で寝るのだという。


「簡単な物しかありませんが、おいしいですよ」


 と出されたものはスープとパン、フルーツを切ったものだった。

 もとよりアテにしていなかったのだから、なんでもありがたい。


「んーーー」


 口に入れた途端に広がる味わい。

 

「なんじゃこりゃ!?」


 雨はもう止んでいた。

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