山に登る
異種族が存在するということは一般には秘匿されている。ただでさえ内部に問題の多い国家だ。余計な混乱を招く情報は秘匿される。まあよくあることだろう。だがその術。人間には行使不可能な神秘は知る必要がある。欲を言えば手中に収めたいのだろう。その為には友好関係の構築が必要だ。殲滅や隷属という手段を安易に用いなくなったのは国家としての成長だろうか。
まあなんにせよ、異種族との友好関係を気づくために、私が新しい役職にあてられたのだ。
ネゴシエーター。かっこいい響きだなあ。誰か変わってくんないかな。
ずいぶんと歩かされている。
首都から最寄りの街まで鉄道で数時間。街から山のふもとまで徒歩半日。一晩野営して日の出とともに入山。予定では2時間で山頂を越えて、例の村に入れる予定だった。
だが山中に足を踏み入れてからすでに5時間。歩いても歩いてもたどり着かない。傾斜を登っている感覚はあるが山頂は見えてこない。何度か木に目印を刻んだが、同じ木に再会することもない。
引き返して山を下ると、数分で山裾に出る。登った時間、距離には比例しないようだ。
入山前にこの山を望遠鏡で観察した時には、山頂部は丈の低い高山植物のみで視界は開けてい
た。
しかし登れば登るほど木々は太く大きくなる。枝葉が日光を遮り、昼近くだというのに山中はひどく暗い。
足元が這性の多肉植物に覆われているためか、地面の感触がわかりにくいし歩きにくい。
なんというか、ほんと疲れた。面倒くさいにもほどがある。アポイントメントが取れないというのは本当に手間だ。同国家の人間でもそうだったが、異種族となると桁が違う。
まさか山を登る時点でこんな非現実的な妨害を喰らうとは思わなかった。なんだこれ。
前情報でわかっていたことではある。
この付近を偶然通過した観測気球が、山頂に村を発見した。戦前に行われた国内調査では記録のない村であった為、難民が集ったのではと考えられ、何度か調査が行われたが、村の発見には至らなかった。
観測気球に登場していた観測員たちの見間違えとして処理されていたが、上層部はこれを異種族によるものであると判断したようだ。だが、その際の調査では山頂には到達していたと聞いている。
まあ何度も武装した軍人が調査にきていては警戒もするだろう。異種族の謎技術。村を秘匿する術。山に登頂する者を惑わす技術。見かけ通りの山ではない。対策を講じて登らないと、お目通りすらかなわないようだ。
とりあえずは山を登る術を考えねばなるまい。
私は確かに傾斜を登っている。それは確かだ。足の疲れがそれを証明している。歩きすぎてブーツに穴が空いてしまいそうだ。
だが高度が上がっていない。幻覚を見せられているという線も考えたが、木に目印を刻むついでに、ナイフで指先を切り、血の目印も付けた。その後山を下ったが、指先にはしっかり傷がついていた。山中で私は確かに動くことができているのだろう。それに山を下った先には野営の跡がしっかり残っていた。幻覚を見ているという線は薄いだろう。
登山ルートは何度か変更した。だがやはり登頂することはできなかった。
となると、地面か。面倒、面倒だ。
そんなことが可能なのかという疑問はあるが、常識の通じる相手ではないのだ。こちらも発想を飛躍させ続けねばなるまい。
年の為に持ってきていてよかった。
さて、頑張れ私。肉体労働だ。