4-3 ♂ なんの変わりばえもないエピローグ ♀
本格的に夏になった。
相変わらずオレは女のカラダのままで、女としての生活を続けている。
今日はプールの授業だったが、休みをとってプールサイドで見学をしていた。
そこに愛音がやってきた。
「や、みーくん」
「おー、愛音」
愛音はスク水姿で、肩のストラップ部分にゴーグルと帽子を挟んでいた。
「おやおや。今日はみーくん、水泳はお休みなんだねー」
「ん……ああ」
オレは端切れ悪く返事をする。
「そっかそっか。女の子にはいろいろあるもんね」
愛音は含みのある笑みを浮かべて言った。
「でもでも、ちゃんと日焼け対策もしてえらいよー」
オレは制服姿だが、フリルつきの黒い日傘をさしてプールサイドの端っこに座っている。
「う、うるさい。このカラダ……日に焼けると、すぐ真っ赤になっちゃうんだよ」
すでに見慣れてしまった、雪のように白い肌を指して言ってやる。
「……ねえ、みーくん」と愛音が思いついたように言った。「もうすこし、傘さげてみて?」
「うん? ……こうか?」
「えっとね、もうすこし」
愛音は言いながらしゃがみこんで、オレと一緒に傘の内側に入ってきた。
周囲からふたりの上半身が見えなくなったところで――
「――んっ」
愛音はキスをしてきた。
「……っ! う、ぁ……」
蝉の合唱。プールの水音。生徒の声。
それらが創り出した〝夏の音〟を耳にしながら、オレと愛音は繋がった。
「……んっ、はぁ……」
しばらく時間が経ったあと。
名残惜しそうに愛音が口を離した。
「えへ――またしちゃったね、イケナイコト」
「うー……!」
唇を噛みながら目を伏せる。
「どきどき――した?」と愛音がきいた。
すこしの間のあとに。
オレはこくりと、うなずいた。
しっかりと、強く――うなずいた。
「えへ――よかった」
「……愛音の、ばか」
オレは小さくつぶやく。
まったく。他の人たちに見られたらどうするつもりだ。
「あ、そうだ、みーくん」
去り際に愛音は振り向いて、いつかと同じように言った。
「夏になったね」
「え?」
「今度――いっしょに、旅行にいくんだよね?」
「……ああ」
だからオレは。
前と違うふうに、こたえた。
「一緒にいこう。ふたりで」
愛音は満足そうに微笑んで。
「――うんっ」
夏の日差しの中へと天使みたいに消えていった。
♡ ♡ ♡
「あぷりて せくらぱる めなすめなす あぷりひっち くれすま――‼」
なにやら怪しい呪文めいた言葉をオレは唱えさせられていた。
場所はオレの部屋だ。床には変てこな〝魔法陣〟が書かれたマットが敷かれている。
「……なにも、起きないぞ」とオレは言った。
それらの怪しい儀式を、大学ノートを片手に真剣な顔で見守っていた龍斗が言った。
「ん――失敗みたい」
はあああ、とオレは大きく溜息を吐いてやった。
「うー……やっぱり駄目かー」とそのまま近くにあったソファに倒れこむ。
「ごめん、ミナタ。今度こそ、うまくいくと思ったんだけど」
あれからも龍斗は【オレをもとの身体に戻す方法】を調べてくれていて、何か良い発見があると今日みたいに試した。
そのほとんどが怪しげなものだったが……もともとの【淫魔の首飾り】自体がオカルトなんだから仕方ないと割り切っている。
「ん、今回のはだめだったけど――ちゃんと、ミナタがもとにもどれるように。他の方法も、探すから」
「龍斗――さんきゅ。期待してるぜ、親友」
オレは龍斗の肩を軽くたたいて言った。
「お前だけが頼りなんだ……あ、そうだ」
「?」龍斗が首をかしげた。
「ちょっと目、つぶっててくれ」
「――ん」
オレはその間にクローゼットの中から、とある〝箱〟を取り出しテーブルに置いた。
「もういいぞ」
「――あ」
龍斗は目を開いてまたたかせたあと、その箱を手に取った。
「くれるの?」
「もちろん」とオレは言った。
龍斗は慎重にテープを剝がしながら包装を解いていく。
その中には――
「あ――CDプレイヤー」
「ほら、前のやつ、オレが公園で落としちゃって……それから調子が悪いって言ってたから」
「――ミナタ」
龍斗は口元に静かに笑みを浮かべて言った。
「ありがと、うれしい」
「へへ。いつもオレのために色々やってくれてるし。そのお礼だ」
「ん。大切にする。――また一緒に、聴こうね」
「……ああ。また、一緒に」
そこで龍斗がオレの顔の横をじいと見つめてきた。
「あ――ミナタ、それ」
「うん?」
「ピアス」
オレの耳には、誕生日に龍斗たちからもらったピアスがさがっている。
「あけたの?」
「あ、ああ……愛音に頼んで、あけてもらった」
「ふうん」
じいと耳元を見つめられる。
その視線がなんだか恥ずかしくなって顔を背ける。
「な……なんだよ」
「ん――にあってる」
「そ、そうか。……なら、よかった」
とオレは口元を手の甲で隠して言った。
「親友のお前が選んでくれたんだ。似合わないわけがない」
「ん――あ、そうだ。今日のぶん、する?」
そこで思いついたように龍斗は言った。
いつもみたいに言った。
「ああ。今日も……たのむ」
そうしてオレたちはどちらからともなく、互いの口を寄せ合った。
1日1回の日課。
儀礼的に行われる、それ以上も以下もないキス。
「…………」
愛音には今度こそきちんと、許可をもらった。
胸元ではペンダントが輝いている。ちゃぽんと中の液体が揺れる。
満ちたら欠けて。欠けたら満ちる。
その中で繰り返される他愛もない行為。
どこか虚無的にも思えて――それ以上に濃密な繋がりを終えたあと。
オレは龍斗に言った。
「龍斗――いつも、ありがとな。これからも、もとのカラダに戻るまで――よろしく」
窓から差し込む夏の日差しの中で。
「――ん」
龍斗は王子様みたいに微笑んだ。
今度こそめでたしめでたし――!?(いよいよ次回、メインストーリー最終話です!)