3-14 ♂ 灰田龍斗の告白 ♀
「ボク、ずっと前からあーちゃんのことが、すきだった。だからミナタとは、つきあえない」
「え……あ、……」
最初のうちは。
龍斗の言葉の意味がまったく理解できなかった。
――龍斗が? 愛音のことを? 好き?
ありえない。
だって愛音は――俺と〝付き合っている〟のだから。
「……あれ?」
違う。付き合ってなんかいない。
それはあくまで俺が〝男だったときの話〟だ。今じゃない。
――この〝オンナノコのカラダの記憶〟では、俺は愛音と付き合ってはいない。
愛音はあくまで仲の良い友達のひとりだ。俺と同じ女の子で。いろいろと話のあう親友だ。
「う、あ、ああああ……」
わからない。記憶が乱れていく。
「ミナタ――ごめん」
龍斗は唇を結ぶようにして言った。
今度こそ。本当に龍斗がどこか遠い場所に行ってしまうような気がして。
俺は。
「い……いやだっ!」
などと。
混乱した思考をすべてぶつけるように、言った。
「い、いやだ。龍斗との恋愛が、これで終わっちゃうのは、いやだっ」
どこまでも純粋な本音を。
どこまでも無垢なわがままを。
俺は龍斗にぶつける。
「――ミナタ」
カラダにつられて記憶の一部も〝女〟に染まってしまっているからとか。
そんなのは関係ない。
俺は今までの人生の中でハジメテ。
キミのすべてを心から【欲しい】と思った。その激情を知った。
そんな〝恋〟をしたことで分かった。
キミを欲しいという感情は人をどこまでも――狂わせてしまう。
「な、……なあ。龍斗」
やめろ、と俺の理性は言っている。
だけどつむぐ言葉を止められない。
龍斗が別のどこかへ行ってしまう。つなぎ留めないと。
俺の方を、見てもらわないと。
そのためには。なんだって――
「お前の愛音に対する〝すき〟ってのは――本当に〝恋〟なのか?」
「――え?」と龍斗が小さく口を開く。
「それって、もしかしたら恋愛としての〝好き〟じゃなくて。〝愛してる〟じゃなくて。あくまで〝友達の延長線上〟なんじゃ、ないか……?」
黒い渦に支配された思考では。
言葉はもう。止まらない。
「友達としての〝すき〟を。純粋な好意を。お前は長い親友生活の中で〝恋愛としての好き〟に、勘違いしてるだけなんじゃ、ないか?」
俺はいつかの愛音と同じ言葉を。論理を。
龍斗に向かって吐いていく。でも。
「ううん。ちがう」
龍斗は。
きちんと正気のままの龍斗は。首を振って。
「だってボクは。あーちゃんの――【ぜんぶがほしい】って、おもうから」
はっきりと。
夜の光に照らされる中。
そう告げたのだった。
「だからボクのこのキモチは、純粋なんかじゃない。もっと淀んで、歪んだ――ホンモノの恋心だよ」
そこでようやく俺は理解した。
「……っ‼」
俺は――ふられたんだ。
大好きな親友に。
大好きな男の子に。
「う、あ……っ」
恋愛という世界でいちばんの奇跡が――
俺には訪れなかった。
ただ、それだけのことだ。
「あ、ああああぁぁぁ――っ‼」
俺は頭を抱えたままその場に崩れ落ちた。
「い、いやだ。やだやだやだやだやだやだ。行かないで、違う。ごめん。うそ、やだ。好き、だめ。頼む、俺のことをみて。ごめん、ひどいことした。でも、止められなくて。好き、龍斗、好き――あれ?」
俺の中でとめどなく溢れていくうちの。
どれがホンモノの感情で。どれがニセモノの感情なのか。
もう今の俺には――分からなかった。
「好き、好き、好き。どうしようもなく、好きで。ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさい。好きで好きで好きでごめんごめんごめん――」
感情の奔流を押さえられず、ただただ震える俺のことをみて。
「――ミナタ」
龍斗は今にも張り裂けそうな声を出した。
「ちがう、ミナタは、あやまらないで」
「……え?」
「あやまらなきゃいけないのは、ボクのほう」
そう言って、龍斗は泣いた。
灰色の瞳から涙をこぼした。
「ごめん。ごめんね――ミナタを、こんなことにしちゃって」
「……りゅう、と?」
龍斗は自分でもどうしたらいいか分からないといった様子で、涙を溢れさせながら続ける。
「ミナタ、あのね? いまキミがボクに感じてる感情は――ぜんぶ、かんちがい」
そう言って彼は俺の首元に手を伸ばした。
そこには例の首飾りがある。触れることのできないペンダント。淫魔の呪縛。
「この首飾りの呪いで、無理やりオンナノコのからだに変えられちゃって。心も染められて。記憶をぬりかえられて――それで、一時的にボクのことをすきになってるだけなんだ」
龍斗は何を言ってるんだろう?
龍斗に対するこの想いが。果てしない感情の奔流が。ドキドキが。
ニセモノ?
「ち、違うっ! そんなわけないっ……! お、俺はっ」
龍斗のことを想うと胸が大きく高鳴る。そのぜんぶを欲しいと思う。
そんな全身を劈く激烈な感情の奔流が、ニセモノなんかであるハズがない。
「俺はっ! 龍斗のことが、好きでっ! どうしようもなく、好き、なんだ……‼」
それでも。
目の前の大好きな男の子は首を振る。
「ミナタはいま、そのカラダに狂わされてるだけ。もとにもどったら――そんな感情は、ちゃんとぜんぶ、なくなる」
「で、でもっ!」
俺は叫ぶように訴える。
「それでも、もとに戻るまではっ! 今の俺の感情は――どうしようもなくホンモノだっ‼」
そこで龍斗は。
どこまでも自分を責めるような悲痛めいた表情で。
俺の前に――ひとつの【鍵】を取り出した。
「あのね、ミナタ――もとに、もどれるんだよ」
「――え?」
ちゃりん。
俺は目の前で揺れる鍵――まるで熟した果実みたいに真っ赤な鍵だ――を見つめる。
「なんだよ、それ……?」と俺は目を丸くする。
「淫魔との契約を、破棄するカギ」と龍斗はあっけなく言った。
「そ、それをっ! どうして龍斗が……?」
龍斗はそこで『ふううう』と長い息を夜空に向かって吐いた。
そして流れる涙を拭うことはせず、意を決するように言った。
「ほんとは、とっくに――ミナタを〝もとのからだ〟にもどす方法は、分かってた」
「……っ⁉」
「それが、このカギ」
龍斗は紅い鍵を指先で示しながら続ける。
「だけど――それをボクはかくした」
「隠した? なん、でだ……?」
龍斗の声には嗚咽が混じりはじめる。
「きっと――いまのミナタなら、わかるよ」
俺はすでに容量を超えた思考をどうにか働かせる。
『今の俺ならわかる』と龍斗は言った。そして。
「……あ」
思い当たった。
思い当たってしまった。
「ん――」と龍斗は頷いて、「ボクは、ミナタに、男の子に戻ってほしくなかった」
嗚咽交じりに龍斗は続ける。
「だってそうすれば――ミナタが〝女の子〟のままでいれば。愛音はボクのことを、見てくれるかもしれないって思ったから」
「――っ!」
「だから、ボクは鍵が見つかったことを言わなかった。このまま――ミナタが女の子のままでいればいいと思った」
なんてことはない。
恋は人を狂わせる。たったそれだけの話だ。
龍斗も。俺も。愛音も。
俺たち3人は、とっくに――
「ごめん、ボク――もう、わからなくて」
「っ! そ、そんなの、そんなのっ……」
俺だって、同じだった。
もうどうしていいか分からない。
すべては狂っていて。
すべては壊れていて。
すべては歪んでいた。
順風満帆に思えた俺たちの高校生活は。
結束されていると信じていた俺たち幼馴染は。
俺たちの思春期は。俺たちの恋愛模様は。関係は。
どこまでもぐちゃぐちゃでどろどろだ。
「――っ」
涙が溢れそうになる。叫びたくなる。
それでなにかが解決するわけじゃない。
過去のことが帳消しになるわけじゃない。
未来だって変わらないかもしれない。
それでも。
「う、あ……あああああああああぁぁぁぁっ――‼」
俺は泣いて。
「ん――ごめ、ん――ひくっ」
龍斗も泣いた。
「――――――――っ」
そんなふうにして。
半分の紅い月が浮かぶ真夜中に。
2人分の――あるいは同じ空の下にいる〝もうひとり〟の分をふくめて。
3人分の泣き声が。
――どうしようもないくらいに響き渡った。
これにてぐちゃぐちゃでどろどろな第3章が完結です――!
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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