3-12 ♂ 塗り替えられていく記憶 ♀
「俺、龍斗のことが――好きだ」
一瞬の静寂が訪れた深夜の公園で。
俺は今まで思っていたけれど言えなかったことを。
認めずにいたことを。
はっきりと。言葉にした。
その瞬間。
まるで今ある世界ごと揺り動かすほどの心臓の高鳴りの果てで。
俺の胸元のペンダントから〝光〟が爆発した。
「――っ‼」
そして極彩色の鮮やかな光に包まれながら。
俺のカラダはふたたび淫魔のそれへと変わっていった。
角が生える。翼が生える。尻尾が生える。耳がとがる。胸やお尻が大きくなっていく。
より女性的なカラダつきになっていく。衣装が変わる。
でも、そんなことはささいなことだ。
「んっ……あ……」
変化が終わったあとで。俺は淫魔となったカラダを見下ろしながら。
ペンダントの宝石の中の、相手への興奮によって溜まるという液体――
まさしく〝恋心〟の指標となりうるそれを見ながら。
容積を完全に満たしているそれを目にしながら。
(ああ、よかった。――龍斗への想いは、ホンモノだった)
なんてことを思った。
「龍斗、好き」
俺はベンチの上で、龍斗へと迫るように繰り返す。
「……ミナタ?」
言葉にしてからは早かった。
俺の中に溜まっていた想いが、堰を切ったかのようにあふれ出していく。
「好き――」
女のカラダになって。
あの日プールサイドで。キミと最初のキスをしてから。
そのキスにドキドキした瞬間から――いや。
「違う……その時じゃない」
ふと無意識に俺の口が俺自身の言葉を否定をしていた。
プールサイドの時じゃない。
俺が龍斗のことを好きだったのは――それよりずっとずっと前からだ。
「……あれ?」
ぐらり。頭の中でなにか大切なものが揺らぐ感覚があった。
思わず頭をおさえる。首をふる。
「ミナタ、だいじょうぶ――?」
龍斗が複雑な表情のままこちらを見てきた。
「…………」
俺はそれに何も答えずに。
龍斗の顔をじいっと見つめると。
彼の頬に白くて小さな手をあてながら。
ふたたび確固たる想いを繰り返す。
「――好き」
そうだ。好きだ。俺は目の前のこの男の子が。
どうしようもないくらい。
「好き、だ」
キミのことを想うと胸が切なくなる。
ふと会えない夜に。キミに昔、ゲームセンターで取ってもらった猫のぬいぐるみを抱きしめながら、ベッドの上で足をばたつかせて悶えることがある。
「好きだ」
キミのことを無意識のうちに目で追っている。
教室の窓際で。体育の授業中のキミのことを見ていると頬がニヤけたように緩む。グラウンドから帰ってくるキミと目が合うと、幸せな気分になる。
「好きだ」
いつもキミのことを考えている。
暇さえあればスマホの待ち受けに映ったキミの写真を眺めている。
そこには俺と愛音と龍斗が写っている。そんな昔から仲の良かった3人の中で。
――唯一の男の子だったキミのことを、ずっと考えている。
「龍斗のこと、俺――ずっと前から好きだったんだ」
まるで自分にも言い聞かせるようにしながらも、俺は。
とある事実に。
どうしようもなく気付いてしまってる。
俺の男だった時の記憶が。
まるで最初から〝女〟だったかのように――
塗り替えられつつあるということに。
「ん……ミナタ」
でも。
そんなことはどうでもいい、と思う。
だって、俺は。
「今のミナタ――ちょっと、へん」
そんなことを言う龍斗を目の前にして。
頭の中をピンク色に弾けさせて。
今この瞬間。
――ああ。キミのぜんぶを手に入れたい。
そんなことだけを、思うのだから。
「ねえ。りゅうと――すき」
ああ、そうか。
今なら愛音の気持ちがよくわかる。
【ぜんぶが欲しい】と、俺の上で壊れた天使のように歌いつづけた愛音の気持ちが。
今の自分には痛いほど分かってしまう。だから。
「俺が男だったとか。女だったとか。そんなこと関係なく」
俺はもういちど。
その想いを確かめるように――口にした。
「キミのことを、どうしようもなく愛してる」
俺の首元にさがったペンダントは不気味に輝いていた。
中に満ちた淫力は満杯だ。
満ちては欠けて。欠けては満ちて。その繰り返し。だったら。
あとはもう、発散するだけだ。
「ねえ。キミのぜんぶ――ちょうだい?」
そして俺は。
いつかと同じ半分の紅い月が浮かぶ空の下で。
頭の中を弾けるようなピンク色に染めながら。
――日課以上のキスをした。