3-8 ♂ 白金坂愛音の告白 ♀
「ねえみーくん、おぼえてる?
「私がみーくんに告白したときのこと。今年の春。みーくんはすごくびっくりしてたよね。
「その反応も。表情も。『え゛っ⁉』っていう喉を絞ったような声も。すっごく可愛かったよ。胸がきゅうってしたよ。だけど同時に絶望もしたよ。
「だって私、それまでもずっとみーくんにアピールしてたのに、全然『伝わってなかった』ってことだもん。その瞬間までみーくんは『愛音から告白される』なんて、まるで想像の範囲外だったみたいで。青天の霹靂、寝耳に水、藪から棒――みーくんは驚いてしばらく固まってたね。
「でもね、分かるよ? 無理もない話だよね。だってそれまでのみーくんにとっては、私は仲の良い〝幼馴染のひとり〟でしかなかったんだもんね。りゅーともあわせて仲の良い〝3人の幼馴染のひとり〟――親友。腐れ縁。たまたま家が近かったっていうだけの。たまたま小さい頃からよく遊んでたってだけの。たまたまの関係だったもんね。
「『やめるときもー』『すこやかなるときもー』――覚えてる? 私たちの未来を約束した魔法のおまじない。『俺たちはずっと仲良しで一緒だ』――離れた山の秘密基地で3人、縁側で仲良く手をつないで寝転がりながら約束したね。そんな仲良しで一緒なはずだった……友達だと思ってたひとりから急に〝告白〟なんてされたらびっくりしちゃうよね。どうしたらいいか分からなくなるよね。混乱するよね。
「でもね、みーくんは。『すこし待ってくれ』って。『考える時間がほしい』って。次の日に返事をしてくれることになったんだよね。なつかしいなあ。その時の私の気持ち、分かる?
「どきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどき、してたんだよ?
「せっかく一生分の勇気を振り絞って告白したのにさ。もうこれで終わってもいいってつもりで愛を伝えたのにさ。
「どきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどきどき、しなかったら嘘になるでしょう?
「あ、みーくん。手は離さないで。ぎゅっと握ってて。私の目を見てて。そう、いい子。
「続けるね?
「次の日、みーくんと待ち合わせをしたんだよね。学校、旧校舎の裏。大きな桜の樹の下。満開は過ぎて花びらが紙吹雪みたいに舞い飛ぶ中で――みーくんは私のことを受け入れてくれたね。『付き合おう』って。男らしく言ってくれたね。
「えへ――うそついた。男らしくはなかったかも。本当はその一言を絞り出すだけでも『あー……』だとか『うー……!』だとか、随分ともじもじとじれったくて時間がかかってたね。せっかく言ってくれたセリフはどもって噛み噛みだったし。慣れないワックスを使って気合を入れてきてくれた髪の毛は、後頭部がぴょこんて跳ねてたし。声は上ずってたし、顔も真っ赤だったし。それでも、すっごくうれしかったなあ。
「すっごくすっごくすっごくすっごくすっごくすっごくすっごくすっごくすっごくすっごくすっごくすっごく――うれしかったんだよ?
「でもね。ほんとはとっくに気づいてたんだ。
「みーくんが私の告白を受けて、ひとばん考えて『俺も好きだ』って言ってくれた言葉は。『好きだ』って言葉は。みーくんにとっては。
「――【友達の延長線上】、だったんだよ。
「みーくんの私への〝好き〟は、〝友達としての好き〟のままだったんだよ。
「私たちが、たまたま幼馴染だったのと同じで。たまたま私は【女の子】で。みーくんは【男の子】だったから。みーくんは友達としての好きを――恋愛としての好きに勘違いしたんだよ。
「そう。勘違い。だからみーくんの、私への好きは――ほんものじゃ、ない。まやかしで、ニセモノなんだ。
「ううん。違うよ。私の好きはほんものだよ。
「みーくんが男の子だって女の子だって関係ないよ。私はみーくんのぜんぶが好きだもん。みーくんのぜんぶが好き。存在が好き。魂が好き。好き。好き。大好きだよ。愛してる。ぜんぶ私のものにしたい。ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ――
「うん。そうだよ。
「〝好きな人のぜんぶを手に入れたい〟って感情こそが。
「恋愛としての〝好き〟――なんだよ。
「〝愛してる〟の、感情だよ。
「友達の関係の延長線上なんかじゃなくて。『きみを愛してる』っていう確固でとくべつな感情の正体がそれだよ。
「【きみのぜんぶを手に入れたい】【きみのぜんぶを手に入れたい】【きみのぜんぶを手に入れたい】【きみのぜんぶを手に入れたい】【きみのぜんぶを手に入れたい】【きみのぜんぶを手に入れたい】【きみのぜんぶを手に入れたい】【きみのぜんぶを手に入れたい】【きみのぜんぶを手に入れたい】【きみのぜんぶを手に入れたい】――
「そう思った瞬間に、きみの『すき』は『愛してる』へとひるがえるの。友達としての『すき』は、恋愛としての『好き』に次元ごと変わるの。
「私の言ってること、わかる?
「ううん――やっぱりみーくんはわかってない。
「私はね? みーくん。きみのぜんぶが、ほしいだけ――
「ねえ、ちょうだい? 私に。ぜんぶ。
「私もぜんぶあげるから。ぜんぶ見せるから。みーくんのぜんぶを見せて? 私のぜんぶに触れていいから。みーくんのぜんぶに触れさせて? ねえ。ねえ。ねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえねえ。
「みーくん。好きだよ。大好きだよ。愛してる。
「好き。好き。好き。どうしようもなく好き。とくべつに好き。
「会ったときから好き。会ってからも好き。一緒に過ごしてきた時間の一瞬一瞬が好き。今でも好き。これからも好き。未来永劫にわたって好き。死ぬまで好き。死んでも好き。
「好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き――――」
愛音は体育倉庫のマットに仰向けになった俺の上にまたがって、何度も何度も何度も何度も腰を振りながら喋りつづけた。
溢れていく想い。
止むことのない土石流のような感情の吐露。
俺はそんな愛音のことを見上げながら。
ああ。たぶん。どうしようもなく。
――この天使様は、とっくに、堕ちていたんだ。
なんてことを思った。
そして彼女という天使を堕としたのはほかでもない、俺だ。
〝好き〟と〝愛してる〟の、置換不能な違い。
似ているようで、本来は存在する世界自体が異なる――
途方もない違い。
――俺、愛音のこと、好きだよ。
俺がそう愛音に伝えるたびに。その違いは決定的にキミの心を傷つけて。
キミは壊れていった。
そしてその気持ちが。
今の俺には、痛いほど分かった。
『みーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくんみーくん』
キミは不気味なほど澄んだ瞳の中に、未だ俺のことだけを映してくれている。
俺はその中に映った【自分の姿】を目にする。
やっぱり。どうしようもなく。女の子の姿だ。
そして。その表情は。
その、表情は――
「……あ」
胸元にさがったペンダントの中で。
まだ満杯には遠い量の液体がちゃぽんと揺れた。