2-8 ♂ このカラダがぜんぶ悪いんだ! ♀
龍斗が俺を家まで送ってくれることになった。
隣に並ぶことはせずに。
龍斗の背中――そのいつもより大きく見える背中を追いかけるようにして、俺は2、3歩うしろをついていく。
時々あいつは確認するように振り返ったが、俺はそのたびに片頬を膨らませ物申した。『ちゃんといるさ――こどもじゃ、ないんだから』
空を見上げると、変わらず真ん丸の月が浮かんでいる。
俺がはじめて淫魔化をしたときは、怪しく紅く輝く半分の月だった。
そうだ。満ち欠け。満ちたら欠けて、欠けたら満ちていく。
終わりはない。繰り返しだ。
ちゃぽん。俺の胸元で例のペンダントが揺れた。
「な……なあ、龍斗」
「ん」と龍斗は振り返らずに言った。
「あ、あのさ」
俺はすこし駆け足になって、龍斗のシャツの裾を後ろからくいと掴んだ。
「――なに」と龍斗は足を止めた。
俺は本当は。
心のどこかでは分かっていたのかもしれない。
――愛音には、許可、もらったんだ。
あのときついた、ひとつの嘘は。
一度だけだったら――
そんなつもりで言った、親友へのハジメテの嘘は。
「えっと、その……」
たとえ一度でも吐いてしまったら――
歯止めがきかなくなってしまうということを。
「こ、これからも――してくれないか?」
「え?」
「キ、キス。精気の接種。できれば、毎日」
「でも――」
「あ、愛音もっ!」
俺は公園の時よりもはっきり。
言い切った。
「愛音の許可も、もちろんもらってる。むしろ……龍斗にお願いしたいって」
「…………」
龍斗はそこで視線を頭上に輝く月へ向けて。
幽かに考えるようにしてから、頷いた。
「ん――分かった。あーちゃんがそう言ってるなら、いいよ」
みしり。
ふたたび心のどこかに亀裂が走った。
けれど前ほどの痛みは感じない。
「……たすかる」
俺は視線を揺らして言った。
「じゃあ、明日から。今日と同じ時間、同じ場所で」
♡ ♡ ♡
マンションの前につくと、龍斗はあっさりと帰っていった。
「……これで、よかったんだよな」
俺はつぶやいてから、自らのカラダを抱きしめる。
ふくよかで、やわらかい――女子のカラダを両腕でつつむ。
たしかに嘘は重ねてしまったけれど。
なにしろ状況が状況で。
仕方がないことだったんだ。
俺は頭の中で何度も繰り返す。
「あ……」
そこで自分が、龍斗のジャケットを着たままだったことに気がついた。
「返すの、忘れてたな」
俺は溜息をついて、玄関先へと歩き出す。
明日からも龍斗とは会うんだ。そのうちに返せばいい。
「これで……いいんだ」
龍斗との真夜中のキスのおかげで、ペンダントの淫力は半分以下にまで減った。これからも毎日する約束も取りつけた。このペースだったら、きっともう淫魔化の発作が起きるまで溜まることはないだろう。
あとは龍斗が、首飾りとの契約の【解除方法】を見つけてくれるのを待つだけだ。
「大丈夫――ものごとはすべて、順調に進んでる」
俺はあらためて自分に言い聞かせた。
♡ ♡ ♡
部屋に戻ると、愛音は背中を向けてベッドで眠っていた。
起こさないように、そうっと忍び足で歩く。
「ここで、いいか」
俺は龍斗から借りたジャケットを脱いで、クローゼットの一番奥に押し込んだ。愛音に見られるのはいささかまずい。
しかし扉を閉じるときに――がたり。
予想よりも大きな音が鳴ってしまった。
「……みーくん?」
俺は飛び跳ねる。
しまった。愛音を起こしてしまった。
「どうしたの? トイレ?」
「あ、ああ……」
「そっかあ」と愛音は眠たげな声で言う。「ひとりでいけたのえらいよー」
「か、からかうなよ」
「ふふ」と愛音は目を細めたまま微笑んで、俺のことを手招きした。「みーくん、こっちこっち」
ベッドの中に潜り込むと、愛音は俺のカラダを抱きしめてきた。
「きゅうー」
「う……くる、しい」
「あれ? みーくん――なんだか身体が冷えてない?」
どきり。
俺は反応する。
「まるで今まで、お外にいたみたい」
「あ……えと……」焦りながら言い訳を探した。「すこしだけ、夜風に当たってたんだ」
愛音はぷくう、と頬を膨らませた。
「だめだよ、こんなかっこうで。女の子は冷え性なんだからっ」
続いて彼女は俺の掌を両手で包み込むようにして。
その隙間に『はあああ』と息を吹きかけ温めてくれた。
「――んっ」
「私があっためてあげる」
「……くすぐったい」
「んー? もっとしてほしい?」
「ち、ちがっ……って、へんなとこさわるなっ……!」
愛音は悪戯な微笑みを浮かべて、俺のカラダをまさぐってきた。
しばらくしたらもう一度、俺の小さな身体を包み込むように抱きしめる。
「私、しあわせだなあ」と愛音は言った。「みーくんのこと、遠慮なく抱きしめられて。好きな人と――こうしていられて」
続いて愛音は俺の片方の手を握ると、すう、と下の方に移動させた。
「あ、愛音……?」
抵抗するように力を入れたが止まらなかった。
愛音は俺の掌を、自分の寝間着の下に――滑り込ませた。
「――っ⁉」
「あったかい、でしょ」
「う……あ……!」
言葉が出てこない。
おそらく愛音の下腹部あたりだろうか。
柔らかくて、汗が滲んで――どこまでも熱を持った肌に、俺の掌が押しつけられる。
「ねえ、みーくん」
混乱で動けないでいる俺の耳元に。
愛音はささやくように言った。
「男の子に戻ったら――たのしみにしてるね」
「っ‼」
俺の心が、音を立てて軋んだ。
一体俺は、何をやっていたんだ?
こんなにも俺のことを想ってくれる彼女がいるのに。
嘘をついて。隠して。あろうことか愛音を言い訳にして。
「あ、愛音っ‼」
俺はすべてを打ち明けそうになる。
けれど――
「うん?」
「あ、いや……その……」
やっぱり。
言うことは、できなかった。
視線をずらせば、嫌がおうにも飛び込んでくる俺の大きな胸。
ゆるくウェーブのかかった、黒く艶やかな長い髪の毛。
夜の中に浮かぶ真珠のように白い肌。俺のカラダ。女の子のカラダ。
そうだ。
すべてはこのカラダが悪いのだ。
――男にさえ戻ったら。
きっと、すべてがもとどおりだ。
もとどおりの、幼馴染の関係に戻れる。彼氏彼女の関係に戻れる。
いつまでも、なかよしで一緒な――もとの関係に。
「どうしたの? みーくん」
だから。
今だけなんだ。
「愛音――好きだ」
俺は確かめるように言った。
「うんっ。私も」
愛音は天真無垢な笑顔で答えた。
「どんなことがあっても。いつまでも――大好きだよ、みーくんっ」
♡ ♡ ♡
こうして俺たちの関係は。
どうしようもなく歪つに崩れていくことになった。
ドロドロとした予感を孕みつつ――第2章が完結です!
ここからさらにみなたの【女の子化】が加速していきます……!
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます~!
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(今後の執筆の何よりの励みにさせていただきます……!)