表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/40

2-6 ♂ 大人のキッスの先にあるもの ♀

 すぐに週末になった。

 

 時間は夜。

 外にはほとんど真円に近い月が浮かんでいる。


 俺はフリルがついたサテン生地の布団の中へと潜り込んだ。

 最初の頃はドキドキして落ち着かなかった、ベッドに染み付いた女の子の香りにも、今では随分と慣れてしまった。

 

 ベッドの隣には愛音(あいね)がいる。

 今日はうちで【お泊り会】の日だ。愛音はあれから定期的に俺の部屋に遊びに来ている。


『その方が、いっぱいキス、できるでしょ?』と愛音はもじもじとしながら提案してくれた。


 そして実際に。


「ん」「――あっ」


 今夜もこうして、俺たちは布団の中で互いの唇を重ね合わせているのだった。

 

「……ふう」

 

 ひととおり求めあったあとで、ベッドに横になり。

 余韻(よいん)に浸るように俺の頭を撫でていた愛音が言った。


「ねえ、みーくん」

「ん……どした」俺の声にはまだ熱っぽさが残っている。

「ペンダントに捧げる〝精気〟って、人の【体液】の中に含まれてるんだよね?」

「あ、ああ」龍斗(りゅうと)が言っていた言葉を思いだして頷いた。「そう、らしいな」

「だったら、さ。その――」

 

 愛音はそこで身体をよじって、すこし言い淀むようにした。


「わ、私。みーくんとなら。()()()も――いいよ?」

 

「……え?」

 

 この先も、と愛音は言った。

 この先もなにもない。


 〝おとなのキッス〟の先に残されているのは――


「っ⁉」


 もはや()()しか、ない。

 そんなもの。


「だっ、だっ、だっ……!」

「だ――?」

 

 俺はごくりと息を飲み込んでから続ける。


「だ……め……っ‼」

「だめ、なの――?」

 

 愛音が悲しそうな声を出した。

 大きな瞳は月の光を反射させて潤んでいる。

 

 ――私、みーくんとなら〝この先〟もいいよ……?

 

 そんな言葉が愛音の口から出てきた。

 きっと想像以上に勇気のいることだっただろう。

 

「ねえ……だめ?」と愛音が繰り返した。

 

 俺は。その想いに(こた)えるように。

 声をどうにか絞り出す。


「だ、だめじゃ……ない……‼」


 ぴくん。

 愛音の身体が震えた。


「……ほんと?」と彼女は期待めかせて眉を上げる。

「ああ。本当だ」


 当たり前だ。

 好きな人と結ばれることを、望まない人なんていない。だけど。

 

「だけど……もうすこし、()()に、したいんだ」

「先?」

 

 俺は頷いて、続ける。


「愛音のこと、俺、大切に思ってるんだ。思ってるからこそ――ここから〝さき〟は。俺が男に戻ったときまで、取っておきたくて」

「……みーくん」


 愛音は透明な泉のように澄んだ目を細めて、微笑んだ。

 

「ふふ――やっぱり、みーくんは真面目だなあ」

「すまん……あ、謝るのも、変、か」

「うん。()()だよ」愛音は手を口元にあてる。「でも、そういうところ……私、すきだよ」

 

 続いて愛音は俺のカラダをきゅうと抱きしめて。

 (まぶた)の上に優しく口づけをしてくれた。


「おやすみ。みーくん」

「あ、ああ――おやすみ、愛音」

 

 ほどなくして隣から、すううと(かす)かな寝息が聞こえてきた。

 

 呼吸に合わせて愛音の形のよい胸が上下する。

 その女の子を象徴する膨らみは――今では俺のカラダにもついている。


 目線を下げるとすぐに()()は飛び込んでくる。

 ふと思い立って、その2つの膨らみを下から掌で持ち上げてみる。重い。重くて、柔らかい。柔らかくて――熱い。


 心臓の鼓動がどくどくと掌に伝わってくる。手を動かしてみる。触られた感覚がある。『……んっ』と俺の口から矯声(きょうせい)が漏れる。


 どうしようもなく。どうしようもなく。

 

「俺は今――女、なんだよな」

 

 それでもいつか。それでもいつか。

 

「男の身体に、戻ったら……」

 

 その時は愛音のことを――

 

 俺の隣で眠りにつく、天使のような、俺には分不相応(ぶんふそうおう)にも思える、幼馴染で、自慢のカノジョと。今度こそ。


 結ばれたい、と。


 そんなことを思った。


「ふう……俺も、そろそろ寝るか。睡眠不足はお肌の敵だからな」


 などと皮肉に呟いてみたところで、ふと――

 例のペンダントが、目に入った。


 その中は〝9割以上〟が液体で満たされている。


「……なっ⁉」

 

 俺は目を見開く。おかしい。()()()()()だ。

 すこし前までは半分ほどしかなかったはずなのに。

 いつからだ? いつから、こんなに――

 

「っ‼」

 

 そこでふと気づく。現在のこの状況は、非常に、まずい。

 だって俺は、一日のうちで考えられる最大頻度(マックス)で愛音と()()()()()()()()のだ。

 

 それでも。

 増えるペースが減る分を上回ってしまうということは――

 

「愛音の精気だけじゃ……足りないってことか……?」

 

 俺はハッとしてから首を振る。

 

 そんなことは考えたくなかった。だけど。

 

 ――魂が興奮する相手。つまりは〝ドキドキする相手〟とのキスだったら、精気摂取の効率が、良い。


 そのことが事実だとしたら。

 

「ま、まさか……」


 ――俺が、愛音に対して、()()()()()()()()、なっている……?

 

 思わず愛音の方を見やる。

 彼女の純粋無垢な寝顔を見つめる。俺のカノジョを見つめる。

 

「そ、そんなわけない……!」


 と俺はとっさに思う。

 思うけれど――はっきりと否定はできなかった。


 たとえば愛音とキスをするときに。

 舌を絡ませながらも、綺麗な髪のことなど()()()()を考える余裕がでてきたり。


 ()()()()だけど、淫魔化を防ぐためだから()()()()と。

 

 そんなことを。

 考えたことは。

 なかったか?


「う……あ……」


 そもそも。

 本当に愛音に対して興奮(ドキドキ)をしていたのなら。


 女のカラダでだって――彼女と〝キスの先〟にいくことを、先延ばしにすることなく躊躇(ためら)わなかったのではないだろうか?

 

「うー……っ!」

 

 俺は下唇を噛みしめて頭を抱えた。

 否定したい。だけどはっきりとできないことが悔しくて。

 だんだんと涙が滲んできた。


「……淫魔化の、せいだ」

 

 俺は震える声で呟いた。


「そのせいで、――心が、女の子に近付いてるせいで、こんなこと……!」

 

 嗚咽(おえつ)を漏らしながら、リボンのついたパジャマの袖口で目尻を拭う。

 

 いやだ。

 愛音は俺のカノジョだ。幼馴染で。両想いという奇跡の末に結ばれた大好きな恋人だ。

 そんな愛音への想いまで、(かす)れさせてたまるか――


「う、ぐ……っ」

 

 けれど現実はなにも変わらない。

 胸元のペンダントには無情に淫力が溜まっていく。

 このペースでいけば……きっと明日には溜まり切ってしまうだろう。

 

 そうなれば、俺は、また――

 

「い、いやだっ! これ以上、俺の心を、奪われてたまるか……!」

 

 ぎゅうと胸のあたりを掴む。

 ふくよかな胸部がぐにゃりと潰れる。その感覚に違和感は、もはや昔ほどは残っていない。


 どうにかしなきゃいけない、と俺は思う。

 このままじゃいけない。どうにか――


「……あ」


 ふとそこで。

 棚の上に飾られた写真が目に入った。

 中には俺と、愛音と――


 もうひとりの幼馴染・灰田(はいだ)龍斗(りゅうと)が映っている。


「……っ」

 

 目に入った瞬間、()()()の記憶が蘇った。

 女子更衣室で、愛音の許可のもとでした特別な行為。

 自分は女のカラダだったとはいえ――男の親友という、どこまでも禁断的な相手との唇の重なり。精気の接種。

 

 しかしその結果。

 俺の淫力はすべて発散され――無事に淫魔化状態は解除されたのだった。


「……龍斗」


 もう、なりふりは構っていられない。これ以上俺が消えてたまるか。


 俺は愛音が深く眠りについていることを確かめてから、ごてごてと飾りのついたケースに入ったスマホを手に取って、ネイルのほどこされた指先を動かし龍斗にメッセージを送った。


 

『――なあ。今から、会えないか?』


 

 返事は、すぐに来た。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ