1-12 ♂ 『ねえ。ちょうだい……?』 ♀
「本当に……いいのか?」
こくり。愛音は意を決したように頷いた。
場所はベッドに移った。
愛音は俺が貸した寝間着姿(フリルのついたワンピースタイプ)だ。
俺は露出度の高い淫魔衣装の上に、薄手のパーカーを羽織っている。
あのあと、龍斗から補足のメッセージが届いた。
『淫力を発散させて、もとの身体に戻るには【精気】が必要』
『なかでも、魂が興奮する相手の精気だと、効率が良い』
『つまり――〝ドキドキする相手〟とのキスだったら、効果はてきめん』
ドキドキする相手。恋する存在。好きな人。だとすれば。
俺の現在進行形でのカノジョである愛音こそ、この場合まさしくふさわしいだろう。
――互いにキスがハジメテでさえなければ。
「……あ、愛音」
「み、みーくん。なに、かな?」
互いにどぎまぎした様子で名前を呼びあう。
愛音はベッドにちょこんと腰かけ、膝の上で指を絡ませている。
「あ、その……で、電気っ」俺は声を上ずらせながら言った。「消す、か」
「そっ! そう、だね」愛音も緊張した様子で答える。「うんうん。そうしたほうが、いいかも」
俺は枕元にあったリモコンでスイッチをオフ。
短い電子音とともに天井灯が切れた。
一瞬で青い暗闇が部屋の中に満ちる。
いつの間にか夜も深い時間になっていた。
「……よし」
などと。
何に対してのヨシなのかさっぱり分からないままに、俺は愛音の横に座った。
「「…………」」
一瞬の沈黙。
お互いの呼吸と、時計が針を刻む音だけが聞こえる。
俺はゆっくりと首をひねる。愛音の横顔が間近にある。
それは青い薄闇の中でも分かるくらいはっきりと――昂揚していた。
そしてきっと、間違いなく――俺も。
「……みーくん」
こくり。愛音が喉をならした。
「愛音――」
ごくり。俺も大きな空気のかたまりを飲み込んだ。
ぱたぱたと窓辺でカーテンが揺れる。
涼やかな風が部屋の中に吹き込んでくる。
「あ……窓」と愛音が気づいたように言った。
「忘れてた。一応、閉めとくか」
「……うん」
俺はベッドから窓がある壁側へと近寄った。
窓枠に手をかけて、ふと空を見上げる。
夜空の中心には、怪しげに赤く染まった半分の月が浮かんでいた。
「ん? 変わった月だな」
それを目にした瞬間――どくり。
俺の心臓が、激しく強く高鳴った。
「……っ⁉」
――なんだ、これは?
身体が熱い。全身の血液が沸騰しているようだ。息が荒くなってくる。
「……みーくん? どうしたの?」
薄暗闇の部屋の中で。
愛音は天蓋つきのベッドに座って、心配そうにこちらを見てくる。
「う、あっ、……っ! なんでも、な――」
そして俺の視線は――愛音という存在に釘付けになる。
部屋には俺と2人きりだ。愛音の部屋着の下には誤魔化しようのない膨らみがある。輝くような髪は頭上でまとめられている。白く艶やかなうなじが影の中に浮かんでいる。瞳は潤んで輝いている。唇は濡れたようにつややかだ。
それら愛音の存在すべてを知覚して。
――俺の脳内が、ばちんとピンク色に弾けた。
「みーくん?」
俺はゆっくりとベッドに近付きながら、羽織っていたパーカーをはらり、床に落とした。
途中で姿見の前を通り過ぎる。そこに映った俺の姿は。月と同じ赤色に輝く瞳を持つ俺の表情は。
まるで自分ではないかのように。
――妖艶に、微笑んでいた。
「きゃっ……!」
俺は愛音を抱きしめるように上半身を寄せると、そのままベッドに押し倒した。押し倒すつもりなんてなかった。
無意識だった。意識はあっても役に立たなかった。
俺の身体は何かに操られるみたいに勝手に、傀儡的に、本能的に――動いていく。
「みーくんっ――ゃあっ」
俺はベッドに倒れた愛音の上にまたがった。手のひらを愛音の腰元に触れさせる。ゆっくりと指先で撫で上げていく。愛音はくすぐったそうに身をよじる。口からしっとりとした溜息が漏れる。唇が何かを求めるよう震えている。それらの反応を可愛いと思う。愛しいと思う。
――美味しそうだと。思う。
「……え?」
月明りに照らされる俺のことを見て。
愛音がはっとした表情でつぶやいた。
「ねえ。本当に、みーくん……?」
俺は片方の口角をあげて。
指先を愛音の白い首に這わせて。
そのまま耳元に息を吹きかけるようにして。
言った。
「愛音――いっぱい、ちょうだい――?」
それからの夜のことは。
ふたり以外の、だれも知らない。