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1-11 ♂ 俺が淫魔ちゃん!? ♀

「な、なんなんだよ、この()()()()恰好はーっ……⁉」

 

 俺は口をわなわなと震わせ驚愕の叫びをあげる。

 

 浴室。ペンダントから発せられた光によって肉体が変化して。

 最終的に鏡に映っていたのは――

 

「つ、(つの)に……尻尾⁉ つうか、これ、羽根……?」

 

 なんとも〝悪魔的〟なビジュアルの少女であった。

 

 間違いなく、それまでの少女姿の俺が原型ではあるのだが。

 たとえば髪の毛の色が変わっていたり、肉体も胸やお尻が膨らんでより豊満になっている。

 

 きわめつけは服装だ。俺は風呂に入っていたため、それまでは何も身に着けていなかったはずだが――

 今は光沢がありぴっちりとした黒い布で、()()()()が心もとなく覆われていた。

 女子としての肉体を徹底的に主張する、どうしようもなく煽情的(えっち)な衣装だ。

 

「みーくん、これ……どうなってるの?」

「んひゃあっ⁉」

 

 俺はたまらず叫んだ。

 どうやら愛音(あいね)が俺の――尻尾、と呼ばれるものをつかんだらしい。

 衣装と同じく黒く(つや)やかで、先端はハートのように扇形に広がっている。

 

「お、おいっ! やめろ……さわ、るな……!」

「へえ――ちゃんと感覚、あるんだねー」

 

 愛音は『面白そうな玩具(おもちゃ)みつけた☆』みたいな表情で俺の尻尾やら羽根やら角やらを撫でてきた。

 

「んっ……くうっ……! なんだ、これ……身体が、敏感にっ……!」

 

 言葉通り。

 なんだか俺の肌の感覚は、これまでよりも鋭敏なものになっていた。

 

「えへ、おもしろーい」と愛音は知的好奇心と嗜虐心とを半々に俺の『新しいカラダチェック!』を続けている。「あれ……これ、なんだろ?」

「え……?」

 

 みると白くてつるんとした下腹部に、黒い墨で象徴的な()()が描かれていた。


「こすっても、落ちないみたい」

「んっ……あっ」

 

 愛音に爪先で撫でられるたびに、なんだかむず痒さのようなものが脳を突き抜けた。呼吸が早くなってくる。頭の中が熱をもってくる。視界が霞んでくる。まずい。この先は、なんだか――


 自分が、()()()()()()()ような感覚があった。

 

「や、やめろ……助けて、くれ……!」

 

 願った瞬間に。


「「――あ」」

 

 脱衣所の方から、スマホの着信音が聞こえてきた。


「……龍斗だ」

 

 俺は逃げ出すように風呂場から出ると、泡まみれの身体のままスマホを探し、画面をタップ。スピーカーモードにして通話のボリュームを最大にまで上げた。

 

『あ――もしもし』


 と俺たちの幼馴染・龍斗(りゅうと)の声が聞こえる。


「もしもし、龍斗か⁉ おい、どうなってるんだよ、あの首飾り……!」

『…………』


 そこで龍斗は何かを察したような間を取った。


『おそかった、かな』

「遅いもなにもねえ、説明しやがれ! 一体、俺のカラダに、何が起きてるんだ⁉」

『……あのあと、じっちゃんやその知り合いに連絡を取って、いろいろ調べた』


 龍斗はとつとつと語り始める。

 

『話を総合するに、ミナタ。きみの存在を〝女子のもの〟に変えてしまった首飾りの超常現象(オカルト)は――』

 

 龍斗はスマホ越しに。

 まったくもって冗談にしか聞こえないことを。

 まったくもって冗談ではなさそうに――言った。


『淫魔の呪いに、よるもの』

 

「……淫魔ぁ⁉」

 

 こくり、とスマホごしに龍斗が頷いたような気がした。


『淫魔――西洋名ではサキュバスともいう。ペンダントには、淫魔の魂が封じ込められてて、契約した使用者を――()()()()()()

 

 そんなもの。

 ふだんだったら信じられなかったけれど。

 これまでの自分の身に起きた様々な不条理な出来事や。

 なにより鏡の中で、まさしく【サキュバス】のように変えられてしまった自分のカラダを見れば――

 

「信じるしか、ねえのかよ……」

 

 俺は嘆息して言った。


『本来なら、契約の顕現(けんげん)には対象者の〝血〟が必要。こころ、あたりは?』

「あ……あれか」


 俺はケガの傷口から垂れた血が、首飾りの包装紙に(したた)ったことを思い出す。

 

『あるみたい、だね』と龍斗の声は言う。『とにかく、きみは契約の代償として、首飾りに封じられた淫魔の魂に――【精気】を捧げなければ、いけない』

「ふうん、なるほどな……はあ⁉」

 

 納得してたまるものか。精気が……なんだって?


『精気を定期的に首飾りに捧げないと、魂の【淫力(いんりょく)】が溜まって――それが限界を迎えると、きみの身体は淫魔へと変貌してしまう』

 

 淫力? さらに事態をオカルトチックにさせる言葉がでてきた。

 しかしその現象に、俺は心当たりがあった。

 

「……! ペンダントの中に溜まってた、液体と関係してるのか」

 

 それがどうやら【淫力】とやらの指標になっているらしい。

 実際、ペンダントの宝石の中がすべてピンク色の液体で満たされた時、俺の淫魔化は起きた。

 

『そして淫魔化の呪いを解くには、溜まった淫力をすべて()()させてあげないと、いけない』


 龍斗はまとめるように続ける。


『つまりは、こういうこと――きみは、精気を、接種しないと――もとの身体には、戻れない』

 

「なっ⁉」


 俺は頭の中で情報を整理してから、きいた。


「逆をいえば……その精気とやらさえ吸えば、俺はもとのカラダに戻れるってことか……?」

『そう』


 電話の向こうで龍斗が頷く間があった。


『きみはもとのからだに、戻れる』

「みーくん……!」と愛音が目の奥をきらめかせた。

「ああ」


 一時はどうなることかと思ったが、これで希望が見えてきた。


「もとのカラダに戻るためだ! 精気だろうがなんだろうが、ちゃっちゃと手に入れてやるよ――!」


 俺の意気込みとともに、臀部(でんぶ)から生えた尻尾が無意識のうちに揺れる。


「で。――そもそも【精気】って、なんだ?」

『…………』


 龍斗がすこしだけ躊躇するような間を取った。


『精気は、人間の情念(じょうねん)にまつわる()()()のこと。おもに――人の〝体液〟に、ふくまれる』

「……なっ⁉」


 なんだか嫌な予感が俺の背中に走った。

 

『つまり、いちばん手っ取り早いのは――人との、キス』

 

「き……!」と愛音が目と口を見開いた。

「す……!」と俺も続いた。


『そう。きす』と龍斗が淡々と言う。


「「キス……!」」と俺たちはさらに言葉を合わせた。


『それも――おとなの、キス』


「「おとなの、キッス……!」」


 もはや俺たちの顔は真っ赤だ。


「そそそ、そんなの、どうすればいいんだよ」と俺は焦って言う。「俺、そもそもキス自体――今までしたことないんだぞっ!」

 

 そう。つまりはファーストキッスだ。

 そんな記念すべき接吻を、呪いを解くためとかいう、どこまでも意味不明(オカルト)で形式的な理由で捨てたくはない。

 

「……あ」

 

 そこで。

 浴槽のドアから半身を覗かせている少女の存在が、俺の目に入った。


「…………」

 

 手を胸の前で絡ませて、頬を紅く染め、気まずそうに目を伏せている。

 いわゆる〝俺の愛するカノジョ〟――白金坂愛音その人だ。

 

『そう。べつに、形式的なんかじゃない』


 と電話の向こうで龍斗が言った。


『これは幸か不幸か――ミナタにとって、どこまでも実利的で、本能的な、行為』

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

『健闘を、祈る』

 

 と龍斗は言って通話は切れた。


「あ、おいっ……! 切れちまった」

 

 気まずい沈黙が流れる。

 話の筋は愛音ももちろん察したことだろう。


「……愛音」

「ん」と愛音は身体をぴくりと跳ねさせた。


 白金色に輝く髪の毛からは水が(したた)っている。

 大きな瞳はとろんとして潤んでいる。

 やがて彼女は、ひとつ息を吸い込んで。吐いて。


 顔を紅く染めたまま――言った。

 

「ねえ、みーくん。いいよ――()()?」

「……っ!」


 どうやら俺は今から、学校一の姫天使様と――

 記念すべき人生で最初の接吻(ファーストキッス)をすることになるらしい。


 

 しかも、オトナの。




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