鏡餅はとても硬い
私にはどうしても欲しいものがあります。
かなり昔から欲しかったのですが、両親にはなかなか言えませんでした。
しかぁ〜し!
今日。ついに今日。欲しいものが手に入るチャンスがきたのです。
鏡餅。
それは、お餅を神様に供える日本の伝統的な正月飾りのことです。
穀物神である歳神様へのお供え物で、依り代でもあります。
(他にも説があるようですが、本作では代表的なこの説を採用しています)
私の家族は、両親と私、恵美子の3人です。
昔、どうしても欲しいものがある私は、おばあちゃんにこっそりと聞いてみました。
「欲しいものがあるなら鏡開きの日に餅を開けばいい。欲しいものが手に入る」
「開く?」
「ああ、恵美子は知らんか。「割る」という言葉は縁起が悪いからの、世間もそうじゃが我が家も代々「開く」と言っておる」
「だから鏡開きっていうのね」
(鏡餅や鏡開きの「鏡」は平和・円満の意味があって、「開き」は末広がりの意味もあります。そして、鏡開きは、歳神様にお供えした鏡餅をお下がりとしていただく儀式でもあります)
「そうじゃ。それで、餅を開いた時に欲しいものをお願いすればええ」
というわけで、今日は1月11日。つまり鏡開きの日なのです。
(地域によっては15日や20日のところもあるそうです)
ふ、ふ、ふ。ついにこの日がきた。
昔から「お餅を開く役を私にやらせて」と散々両親に頼んだのですが「恵美子はまだ小さいし、女の子でしょ」と言ってお餅を開く役をさせてくれなかったのでした。
「そしたらいつになったらいいの?」
「高校生になったらな」
そして今年、というか去年。ついに私は高校生になったのでした。
ここは家の庭。
私が家では昔から鏡開きの日には家族で写真を撮ります。
家族写真を撮った後、私はスマホを握りしめて...
「ささ、お父さんとお母さん、もっとくっついて」
と、夫婦の写メを撮るのでした。
実はお父さんとお母さん、未だにすごくラブラブなのです。
私が見ていない時、いつもイチャイチャしているのを知っているのよ。ふふっ
なので。ここで目一杯ヨイショするのです。そして欲しいものを手に入れるのです。ふ、ふ、ふ。
「ほらぁ、もっと近づかないと」パシャ!
「そこで手をつないで」パシャ!
「ラッブラブですねぇ」パシャ!
「チューしてもいいよ」パシャ!
「いい加減にしなさい」と言われるまでヨイショしました。頑張りましたわよ私、ええ。お父さんもお母さんも嫌じゃないくせに、素直になりなさいよね。ったく。
「そろそろ開くか」
いよいよ無病息災を祈願した鏡開きが始まります。
お父さんの号令で私がお餅の前に立ちました。そしてお餅をつかみ。
「ふん!」
思い切り力を込めてお餅を開きました。
しかし...
「ふん!」
「ふん!」
「ふん!」
「ふん!」
「開かない」
「まだ恵美子には無理か」
「いや、私がやる」
包丁で開くのは「切腹」を連想するのでやはり縁起が悪い。なので木槌を使います。
コン!
コン!
「開かない」
力を込めて。
ゴン!
ゴン!
ゴンゴン!
ゴンゴンゴン!!
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!!
「うぅ、やっぱり開かない」
「お父さんがやるか?」
「やだ、絶対私がやる」
「だったら開いたら家に入ってくるのよ」とお母さんが言うと、お父さんと一緒に家の中に入って行きました。
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!!
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!!
ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!!
「ダメか...こうなったら」
金槌を持ってきました。
ガンガンガンガンガンガン!!!
ガンガンガンガンガンガン!!!
ガンガンガンガンガンガン!!!
ガンガンガンガンガンガン!!!
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!!
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!!
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!!
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!!
「くっそう」
開くどころか傷1つつきません。
「よし!」
私は鏡餅を持って駆け出しました。
「早苗ちゃん、ちょっとお願いがあるの!」
「どうしたの?」
「ちょっと工場貸してくれない?」
「え、別にいいけど何するの」
早苗ちゃんの家は鉄工所を経営しているのです。
「ちょっとね」
「あ、私用事あるのよ」
「いいよ、私がやるから。今日は工場休みでしょ」
「うん。じゃあ怪我には注意してよ」
「分かった。ありがとう」
そう言って私は工場に入って行きました。
「まずはボール盤っと」
(ボール盤とは、木材や金属素材に穴を開けたり、穴を堀り広げるための工作機械の事です)
と、その前に下穴を開けないとね。ポンチとハンマーを持ちました。
キン!
「ダメか」
仕方がないので3ミリのドリルをセットしてスイッチオン!
キュイーン
ポキン
「ありゃ、折れた」
超硬合金のドリルが折れてしまいました。
(超硬合金とは、硬質の金属炭化物と鉄系金属で構成される合金のことを言います。 最も代表的な組成は、WC-Co合金になります。とにかくとっても硬い金属です)
「じゃ6ミリ」
キュイーン
ポキン
「ダメか!」
そしてキョロキョロと周りを見渡しました。
「マシニングセンターだ!」
(マシニングセンターとは、複数の刃物を自動で交換できる装置を持っていて、NCのプログラミング制御に従って穴開けや平面削りなどを1台でこなせる機械の事です)
私はマシニングセンターに鏡餅をセットしました。
「えっと、プログラムは...アブソリュートで、G00X0Y0Z0...ドリルは20ミリっと」
え?どうして使えるかって?そんなことはどうでもいいんです。とにかく開く(割る)のが先です。
「スイッチオン」
ギュイ シュッ ギュイーン ボキン!
「ダメだ折れた」
次は5トンプレス機にセットしました。
(プレス機とは、加工対象物に対してプレスによる圧力をかけることで加工を行う機械の事です。5トンとは、そのプレス機の安全に使用可能な最大出力の事です)
「スイッチオン!」
ギギギ...プシュー
プレス機の方が壊れてしまいました。
「じゃ、50トンプレスだ」
ドゴン! ギッ プシュー
やっぱりダメでした。でも欲しいものを手に入れるまで、諦めるわけにはいきません。
「むむむ」
ぷちん!!!
キレました。マジギレです。
「全砲門開け!目標鏡餅!」
ここは、かつて世界最大と言われた戦艦の戦闘指揮所です。え?どうしてそんな所にいるかって?
そんな小さいことを気にしているようでは、欲しいものを手にすることはできません。
各部より次々と報告が上がってきます。
「測的完了」
「敵補足、誤差修正、照準固定」
「発射準備完了しました」
「て一っ!」
私の号令とともに、45口径46cm主砲をはじめ、副砲、高角砲や対空機銃までも、すさまじい轟音と共に射撃を開始しました。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
「命中!」
「やったか?」ああっ、それフラグ!。
煙が晴れて目標を確認しました。
「ダメか!」
「巨大エネルギー砲用意!」
ここは、かつて人類を救ったと言われる宇宙戦艦の艦橋です
巨大エネルギー砲のエネルギーは小宇宙にも匹敵し、惑星をも破壊する威力があります。
各オペレーターが巨大エネルギー砲発射の準備をします。
「巨大エネルギー砲への回路を開きます、エネルギー充填開始」
「シリンダー内圧力上昇」
「巨大エネルギー砲、各セーフティロック解除」
「ターゲットスコープにて敵を補足」
「エネルギー充填120%、発射準備完了」
「発射10秒前、耐衝撃、閃光防御」
「...5、4、3,2,1」
「て一っ!!」
.........ダメか!もうこうなったら超新星爆発のエネルギーを利用するか、ブラックホールにでも放り込むか.........
「恵美子いい加減起きなさい」
「え?」
「いくらお正月だからといって、いつまでも寝てるんじゃない」
「え?あ、お父さん?お正月?」
「何をわけのわからないことを言っている、まだ寝ぼけているのか?」
「えっと、今日はお正月なのね」
「とにかく皆さん来てるから、下に降りてご挨拶しなさい」
「う、うん、分かった」
そう言ってお父さんは私の部屋から出て行きました。
えええええええっ
夢?あれは夢だったのか...今日はお正月...初夢...
えーーーーーーーー
「新年あけましておめでとうございます」
「恵美子ちゃんおめでとう!」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
お父さんや親戚の方々に新年のご挨拶しました。
ん?
あれ?
「お父さん、お母さんは?」
「ああ、まだ恵美子にはちゃんと話していなかったな。年末で色々忙しくてな、すまん報告が遅くなった」
「何なの?」
「お母さんつわりが酷くてな、今休んでる」
「え!?え!?え!?それじゃぁ」
「そうだお前もお姉ちゃんだ」
・ ・ ・
「や!や!や!やったぁーーーーーーーーーーーーーっ」
「ど、どうしたんだ?恵美子」
お父さんがとても驚いていますがそんなことは関係ありません!
そうです。私がどうしても欲しかったものというのは!
弟か妹です!!!
飾ってある鏡餅をコン!と叩いてみました。少し、いやかなり強めに。
「硬っ!」
おわり
最後までお読みいただき、ありがとうございました。