久々の城都の一日 五
「うわーすごいですねー!」
コルトーの中心街まで戻った私たちはウチの商会の直営店にカサイさんを案内した。この店はウチの生地物の受注旗店として店前の見え方から品物の配置まで私が監修した。購入した生地でそのまま服飾の依頼もできる。ちなみにこのお店は富豪層向けで、通りを挟んで反対側には中流層から庶民向けの店もある。そちらは直営店ではないけれど染料道具や安価な糸で作った生地を卸していた。
ムジ、クザの染色研究のお陰で同じ色でも濃淡様々な色の生地ができたのでそれを見本として色別に並べてある。あっちの世界でも確かこんな品配置をしていたお店を見たことがあったのでそれを参考にした。純色数種類しかなかった豚さん時代の染色工房とはまるっきり違っている。
「同じ赤や緑でもこんなにも…素材も選べるようになってるのですね。」
「ええ。素材によって色の見え方も違いますから。と言っても麻、綿、毛物だけで絹のような高級なものは見本を用意できていないのですけれどね。」
「絹?絹も扱ってるのですか?」
「イ国では絹はないですけれどロ国から仕入れることができれば、ですね。ただ絹の染色したことがある職人が殆どいませんから、生地を用意できたとしてもご希望の色通りに行くかは解りません。」
絹は虫のまゆ玉から作られる生地だ。このあたりはあっちの世界と違いなく、高級品になる。むしろ化学合成糸がないので相場はめちゃくちゃ高い。服ひとつで小さな町一つくらい買えるくらいと聞く。
彼女は「ですよね…」と少ししょんぼり。絹物があったら買うつもりだったのだろうか…
「でも凄いですね、ここ。購入しなくて見るだけでも凄く楽しいです。」
「それがこのお店の基本発想ですから。外から見て興味を引かれた人が入りやすいようにしています。購入されなくても染色の面白さを楽しめるようにしましたから。」
そんな店作りなので、ここの生地を購入できない人も入店してしまうのだが、そんな方には庶民向けのお店に案内して染色道具一式をお薦めする、という寸法だ。我ながら悪い売り方をしている…
「これもナイルさんの考案で?」
「お店はですね。ここにある品物は全てウチの優秀な職人たちが日々研究をして作ってくれたものですよ。」
彼女は「はぁー…」と呟きながらフワフワな仕草をしながら店内を見渡しながら歩を進める。
「それじゃぁ…これと…これと…これ…これ…」
えええ…何点購入する気だろうこの人?!良いとこの人かなっと思ったけれど懐は大丈夫なのだろうか…
「…これ…今言ったのを麻と綿でそれぞれください。」
しかも別素材でそれぞれ?!
「あの…結構ウチの品は値段がしますけれど大丈夫ですか?これだけ購入されるのであれば『玉』での支払いになりますけれど…」
「大丈夫ですよー。玉ならタカツマが…」
そこまで言って彼女は「あ…」と何かに気がつく。
「そうでした…今は私一人なのでした…」
そう言って彼女はしょんぼりする。今の話の内容から、どうやら普段は『玉』を預けている側仕えのような人がいるのだろう。でも反物を目的で街に出て来たのに玉を忘れてくるとは…
「あー…どうされますか?」
「うーん…仕方がないですね。一度、泊場に戻って日を改めて出直しましょう。まだ数日はありますし…」
買う気はそのままなのか…ウチとしては嬉しいけれど本当に大丈夫だろうか。たぶんそれなりの屋敷が一件作れるくらいの金額になると思うのだけれど…
それからお店を出て彼女を連れて簡単に街を案内する。コルトーはサーランのように食事処などは少ないが屋台のような所はある。私は雑貨や花屋、あまり強烈ではない屋台食などを案内して周る。強烈なのは虫のヤツなので私がイヤだ。
「これは豆ですか?」
「そうですね。大きめの豆を香草と炒っただけのものですけれどほんのり甘味があって美味しいですよ。殻はめくって中身だけ食べるのがオススメです。」
彼女はそのまま豆を手で掴んで「ハムっ」と齧り付く。表情を見るに評価は悪くないようだ。それを見て私とレナさんも齧り付こうとした時だった。
「カサイさまっ!!」
通りの反対側から大声で彼女の前を呼ぶ女性。その周りには衛士さんや軍兵さんもいる。…ってマレーさんまで?
私が声の方に気を取られていると私のすぐ後ろに立つ人の気配がした。しかも強烈な殺気だ。私がそちらを振り向く頃には、私と殺気を放つ男の間にレナさんは剣を抜いて立ち塞がっていた。
「お前ら何が目的だ?」
そう尋ねる男はこちらを仇のような目で見据えている。半身に抜いた剣…いや、あの形は刀だろうか…今にもレナさんや私の首を捕えそうな凄みを感じた。
何?どういうこと…
先程までの剣呑としていた辺りの雰囲気は一気に修羅場の空気と化している。そこへ先ほどカサイさんの名前を呼んでいた女性とマレーさんもその場に駆けつける。そして私たちの周囲は駆けつけた衛士さんと軍兵さんに囲まれたてしまった。
「カサイ様!今までどこへ…」
「ナイル嬢?!なんでここに…」
それぞれが違うことを言ってる。何がどうなってるの…
どうして良いのか解らない、そんなその場の空気を壊したのは彼女の言葉だった。
「あらタカツマ、ちょうど良いところに!購入したい反物があるの。今、玉を持ってきてるかしら?」
彼女の楽しそうな、それでいて少し昂ったテンションの声にみんなの動きが止まる。ついでに冷え切った空気も一瞬止まった。空気が可視化できるなら「・・・」という感じだった。
「あの…マレーさん?もしかしてなのですけれど彼女…カサイさんって…」
「カサイ様は今回のハ国使節団の長主。ハ国シュレフ王の長女です。」
あー…まぁそうだよね…この場のピリついた雰囲気にハ国のお姫様の警護についているはずのマレーさんまでいる。彼女の正体を想像するのは容易だった。けれどカサイさん…いやカサイ様は良いところのお嬢様だろうとは思ってたけれど、まさかハ国の姫様が1人であんな何もない所を彷徨いているなんて思いもしない。
とりあえず今は説明しないと…私は混乱する頭でなんとか弁明を考える。
「えっとですね…彼女はホシノ商会の敷地に一人でいて、それを私たちが見つけて街まで案内していたのですけれど…」
「それは本当か?」
私に対して質問をする彼は未だ殺気を向けたままだ。
「本当です。」
そう言って私はカサイ様の方に視線を向けると彼女は何のこともない表情で「そうですよー?」と返す。この空気でこの返事、度胸あるなこの人…
「…他意はないか?」
「ありません。彼女が反物を見たいと言っていたのでウチの店に案内して、その後に街中を案内していただけです。」
……
彼は構えをそのままにこちらを見据えている。レナさんが生唾を飲み込む音が聞こえた。
「ウチの姫さまがすみませんでしたぁぁぁ!!」
その空気を次に破ったのはカサイ様にタカツマと呼ばれた女性だった。
対峙する私たちの前に突然飛び出て、その場に頭を付けて伏せる。スライディング土下座…こっちにも土下座ってあるんだ…現実に見たのはあっちの世界も含めて初めてだけれど。
男は構えを解き放っていた殺気が消える。そして私たちに興味を無くしたかのようにそのままカサイ様の側に歩みを進める。…足音がしない。
「姫様、困ります。また私たちを謀って一人で勝手に行動されましたね?」
「謀ってなどいませんよ?私が出かけようと思った時に周りに誰もいなかっただけです。」
「手水に行くと言って厠の裏から抜け出せば、それは周りに誰もいないでしょうね?!全くいつもいつもあの手この手と…まさか他国の地でも同じ手を使うとは思いませんでしたよ。」
なんだか常習犯らしかった…
「あの、マレーさん。私たちどうしたらいいでしょう?」
レナさんもあっけに取られていて、抜いた剣を納めもせずそのまま立ち尽くしている。
「あー…うん。レナ殿、ナイル嬢も一緒に来てもらって良いですか?彼女を城まで連れて行かねばならないし、王や他のハ国の使者たちにも事情を説明せねばならないのですよ。」
なぜか仕事が増える気がしたのは気のせいだろうか…そしてなんとなく城にはしかめっ面で
仕事がお友達な人がいる気がした。
カサイの種族はジャガーです。モガミはワシミミズク、タカツマはマルチーズです。
城に連行?されたナイルたち。次回は、事情聴取。




