襲撃と危機 一
「この薄い板は矢などを通しませんから、この中にいる限りは大丈夫ですよ。」
「薄い板って…このペラペラな垂れ幕のことですか?これ、何で出来ているのです?」
「これは炭を薄く強固に固めた物でしょうか…軽くて強度もありますから簡易の防護壁としては便利ですね。」
その代わり直接乗り込まれれば片手で簡単にどかせてしまうので遠距離攻撃でしか防御壁としての意味をなさないのだけれど。どちらにしても乗り込まれた時点で致命的だ。車やウマに近づけさせないのが今回の戦闘条件だった。
私たちは明朝、旅路の準備を終えて町を出た。既にポットの町を出発して半刻ほどが過ぎている。予定されるポイントにはもう時期到達するだろう。ウマが引く車には幌の中に薄いグラファイトを二層化してシート状にしたもので覆っていた。今は巻いているが下ろせば矢を防いでくれる防御壁になる。ちなみに上部と支柱はアルミと銅の合金にした。荷車の方も中は同様の仕様だ。
鉄などの重い素材はウマの足が落ちるので論外。普通のカーボンでも良かったのだけれど直接の衝撃には砕けやすいし、繊維状と樹脂をあわせれば靭性はでるが樹脂をあわせるのが魔法では難しい。これから戦闘で魔法を多く使うかもしれないのに、ここで力を使う訳にはいかなかった。かといって普通のグラファイト板では強度的に弱いので二層シートにした。想定される攻撃は矢や投石なのでこれで十分だ。
今、車の中にいるのはベニとパラナ、そしてティグリスだった。
ベニは今回の商隊の中で最も戦闘向きでないし、ティグリスは怪我人、パラナには2人を見てもらう役だ。始めこそパラナはティグリスと同席をすることを嫌がったが、すっかり大人しくなったティグリスを見て次第に慣れてきたようだ。
「これお前が作ったのか?…魔法でこんなことも出来るのか…」
「ティグリスさん、『お前』ではありませんよ。彼女の名前は『ナイル』さんです。」
「…わってるよ!…お前の名前は?」
「え…ベニ…」
突然、視線で指名されたラベがカタコトに応える。
「ベニね。お前は?」
「私はパラナ。それにちゃんと名前にはさんを付けなさい。貴方だって付けてもらっているでしょう。それにナイルさんは私たちの雇い主なんだから、本当ならナイル様じゃないといけないのよ?本」
「いや、それは止めて下さい…」
副団長や騎士さんたちと一緒にいて、その殆どを「さん」付けで呼んでいるのに、それを差し置いて私が様付けとかない…何よりこそばゆい。ちなみに本当ならラプタさんやネビスさんも私の立場なら様を付けるのが普通だ。けれど何故かドニエプルさんから『ヤツらの事はさん付けで呼びな。いいね。』と言われたからそれを守っただけだ。その意図はわからないけれど…それはそれと置いておいてティグリスの先程の疑問に答える。
「ティグリスさんも私の事は『さん』付けで良いですよ。私も魔法のことを熟知している訳ではありませんけれど、魔法というのは何かを造りだすものなのですよ。火を起こしたり、爆発だって何もないところに物を作り出したから起こる現象なのです。」
「でも火も爆発もそこには何もないじゃないか。」
「目に見えてないだけであるのですよ。ちなみに貴方の爆発は魔法が発現する直前に何か目で確認できる物が出来てましたよ?」
「俺の魔法が?でも爆発したあとは何もなかったぞ。」
「そうですね。爆発する直前にすぐに消えた感じに見えましたが…ちなみにティグリスさんはあの時どういったことを意識して魔法を使ったのです?」
「俺か?あれはおまえ…あ、いや…ナイル、さん…の爆発を見て、それで…」
そこでガクンッと車が減速した。外から横側の幌窓からこちらに呼びかける声が聞こえる。横側は既に防護壁シートを構築しているので窓から外の様子は薄っすらとしか見えない。この声はユーコンさんだった。
「もうすぐ目的の場所に入る。覚悟はいいか?」
私はまだシートを降ろしていない前側の幌を捲って外の様子を確認する。右前方に崖、高さは5メートルくらいか。この崖は横に続いていて傾斜もあって、こちら側からは登れない。崖上に上がるには通りを抜けて反対側に周るしかなかった。崖の逆側には背の高い木々が立ち並ぶ森が広がっている。襲撃を仕掛けるには絶好の場所だ。
私はお手製の望遠鏡を取り出し崖上を確認する。おーいるいる…イチニサンシ…少なくとも5人は上に居るようだ。
「何人だ?」
「確認しただけで5人ですね。それ以上いるかも。」
「その人数だと、やはり崖際か…」
「ですね。流石に弓で上から狙われながらでは厳しいですから。逃げ場は、無くなりますけれど…」
私はウマの引き手についているマモレとシノに合図したら車を一気に崖際につけるように伝える。レナさんが前を走る荷車にも同じことを伝える。
前方には先を行く先導の2人組が見える。彼らはもちろん今回も率先して先導についた件の2人。こちらが減速したことに気がついたのかウマの足を留めていた。その場所は崖と森に挟まれた道の入り口。あと少しで弓の射程内に入る。ここで止まるか、むしろ逆に崖際まで近づくか選択肢の分岐点だった。
ここで対峙をするか、引けいて回り道をしたら戦闘は回避出来るかもしれない。だけど、相手がそれで撤退したら次は、どこで襲ってくるか解らない。かといって、ここで対峙すると距離は稼げるし、視界も拓けてはいるけれど、全周囲を警戒しなくてはならない。相手の人数が予想より多ければ圧倒的に不利になる。
前方でキノさんと他2名が先導に近づき、ウマから降りて会話をしているのが見える。先導の2人はなかなかウマから降りない。ここで上手く説得ができれば、戦闘は回避、失敗したらその場で彼らを捕縛する。そういう手筈になっていた。取り押さえるなり、逃げるなりしたら、自動的に戦闘状態に入るだろう。キノさんたちの立ち位置は既に相手弓手の射程圏内だ。私は説得の様子を見守る。
「あ…本当に戦闘になるのでしょうか…」
ベニは私たちが極力、車内が緊張に包まれないように接していたから実感が湧いてなかったのか、ここにきて場のピリピリとした空気に呑まれているようだ。ウマの引き手を担っているマモレとシノもベニほどではないが緊張しているのが伝わる。
「大丈夫、もし戦闘状態になったら貴方たちは車の奥に。マモレさんとシノさんは合図をしたらウマを全速力で崖につけたら直ぐに車内に入って幕を下ろしてください。」
連弩は直ぐ取れる場所においてはいるけれど、手には持たせない。緊張から暴発させる危険性もあるからだ。
「…芳しくないな。」
「そうですね…」
キノさんたちの様子を伺うと先導の2人はウマから降りない。キノさんは話なり休憩なりと言って彼らをウマから降ろす手筈なのだけれど…何か感づかれたのか…
そして焦れたのか、キノさんが片方のウマに近づき勒を手に取ろうとする。途端、それを避けて2人は一気に森の方へ駆け始めた。
―待てっ!
キノさんの声が微かに聞こえる。自分のウマに乗り直し彼らを追う。
「今です!崖際まで走り抜けて!」
私の合図にウマを手綱で鞭を入れて一気に加速する。それに呼応して、レナさんたちや他の前方の荷車も同時に事前に決めていたポイントに向けて全速力で走り出す。突然のことで事情を知らない兵士さんは慌てて、少し遅れながらも私たちを追いかけてくる。13部隊の兵士さん以外の兵士さんたちには計画を伝えていないからだ。
「お前たちはキノ殿たちと前方の車について守れっ!」
ドンノラさんが彼らに並走して指示を出す。
「?はいっ!」
兵士さんたちは未だ状況が飲み込めていないが、指示された通りには動く。この感じだと彼らの中に間者はいないようだ。もし、他にも間者がいたなら今のタイミングで離脱していただろう。
最初からの狙いなのか、突然一斉に向かってくる私たちに面を食らったのか、まだ矢は飛んでこない。逃げる先導の2人は崖際を通り過ぎて森と崖に挟まれた通路に入ると速度を落とした。つまり、あの位置が彼らの『仕掛ける』ポイントなのだろう。
先を行くキノさんたちが通路に入る直前で停止、崖上から死角になる位置に陣取る。そこへ向かって私たちの車も一気に駆け込む。
崖上にいる輩の様子が肉眼でも確認できる距離に迫る。慌てて弓を弾こうとしているが、もう間に合わない。森の方に目を配らすと木々の間にチラホラこちらの様子を伺う人影が見える。矢がキノさんたち目がけて3本飛ぶが彼女たちは既に抜刀、剣でそれを払い落とした。
そして私たちは予定の位置に陣取った。
「上からの視界に注意して展開!引手は早く車の中に!」
事前に調整していた配置は予想通り、崖上の弓手の死角になる位置だった。この位置を取っている限り、上からと崖側からの攻撃はない。森からの攻撃に対処するだけで済む。
最初こそ面を食らったのか、矢がまばらに飛んでくるだけだったが、今は相手も状況を理解したのか森の中から同時に何本も矢が飛んでくる。その間隔は統制が取れており、指揮しているものがいるようだ。ただの輩という感じではない。
前方に止まった荷車の方にはキノさんたちと他の兵士さんたちが展開し矢を打ち払っている。
こちらにはドンノラさんとレナさん、あとユーコンさんが付いている。人数は少ないがこちらの人員は兵士さんたちと練度が桁違いだ。
レナさんが舞うように同時に数本の矢を払い落とす。レナさんが戦うのを初めてみるけど本当に強かったんだ…縦横無尽に飛び回り矢を打ち落とすその様子はまるで、踊るポンポコ…じゃなかった、踊る麗人だ。ドンノラさんは私の前に立ち飛んでくる矢を全て叩き落とす。しかも何故か剣を抜かず全て素手でだ。
ちなみにユーコンさんは平々凡々に剣で払っている…いや、その剣筋は軍の兵士さんたちより、全然鋭いんだけれどね。
弓だけではケリがつかないことを悟ったのか、飛んでくる矢の波が止む。その一瞬の間に相手が槍や剣を手にして突撃してくる。その数は10。初撃にしては数が多い。思っていたよりも相手の数が多いのか…
レナさんが同時に3人を相手にする。相手の剣は全て空を切り、回避の動きからそのまま剣の横腹を相手の頭部に叩き込む。見惚れるほどの綺麗な立ち回りだった。
ドンノラさんが正面からきた輩に対処する。しかし同時に槍を持った2人が横と後方からドンノラさんを突く。ドンノラさんは私を守るためなのか、その場から動かない。マズイ。
「ドンノラさん!」
相手とドンノラさんの間合いは六歩…一歩目…歩幅把握…4歩目はここだ。
私は足元の低い位置に鉄塊を作る。輩はそれに躓き横転、そこに10キロ程度の鉄塊を2メートルくらいの高さから落としてやる。鉄塊はキレイに倒れた輩の溝打ちに直撃、「げぅっ!」という声を発して気を失った。たぶん肋も数本逝ってる。
ドンノラさんならもう1人の槍を回避すると思っていた。けれどドンノラさんは横から来るその突きを避けようともしない。流石にこのタイミングでは間に合わない。
ドンノラさんに槍の鋒が深々と突き刺さる…かと思った
ガキンッ!
金属と金属が当たるような音…ドンノラさんの背中には逆立った無数の刃なようなものが生えている。槍の鋒はそこで止まり、戸惑った輩はドンノラさんの剛腕で軽々と吹き飛ばされた。
「お嬢、俺の事は心配するな!俺の毛は俺の意志で金属並に硬くなるんだ。」
彼の背中から腕にかけて生えてあった毛が全て逆立って、その様は針山のよう…ああ、ドンノラさんってなんの動物なんだろうと思っていたけれど、あの姿はヤマアラシだ…ヤマアラシにしては熊並みにデカいけれど。彼が騎士さんにしては軽装だったのはそういうことだった。金属製の防具を着込むよりこの方が動きも制限されない。
ユーコンさんも1対多にならないように立ち回りを変えながら確実に相手を倒している。間を抜いて矢が飛んでくるがそれも冷静に打ち落とす。
ウマや車には今の所、1本の矢も届いていない。人数が想定していたより多かった時はどうしようと思ったけれど、これなら問題なさそうだ。
私は前方の荷車の方の状況を確認する。あちらは練度が低い分、1人に対して3人、人数で対処している。
あれ、少し離れすぎていないかな…
キノさんたちが守っている荷車組には矢も射られていない。相手にする輩たちもこちらより森に近い位置で戦っている。あの位置では上からの射線上に入ってしまう。私は警告しようと声をかけようとした時だった。相対していた輩が森の中に後退する。
「ちっ!?仕留めるぞ!続け!」
…
は?
私が声を掛ける前にキノさんたち荷車を襲った輩が引いたのを追って森の中に突撃してしまった。荷車から森の射線上はガラ空きだ。
ちょ…え、どういうこと?一瞬、キノさんたちも裏切ったのではという考えが頭に過るが、それならもっと良いやり様があったはずだ。単純に頭に血が昇ったか…
コンバットハイってヤツか…
「軍部の兵は練度が低い」王様の嘆きを思い出す。いやいやでも自分の任務である護衛をおざなりにして敵を追うなんて練度云々以前に論外だった。
と考えたところでもう遅い。今は、ガラ空きになった荷車の防衛をどうするか考えないと…
ガッ
私は突然頭に衝撃が走り、激痛が襲う。あまりに突然の出来事で一瞬意識が飛び掛けるのをなんとか耐える。
なに?!
足元を見ると私の小さな拳くらいの石が地面に転がっていた。
ゴンッ…ゴンゴン…
車の屋根部に大小の石が当たって砕けるか転がり落ちる。マズイ、崖上から弓の射線が取れないから投石に切り替えたらしい。こちらは死角になっていて見えないので無作為に落としているのだろう。
今のところ、車を補強したアルミ板を砕くような大きさの石は落ちてきていないけれど…拳大の石が当たったウマが暴れる。崖際につけた時、引手は外してあるので勝手に車が走り出すことはないけれど状況は芳しくない。
私は、石が当たったであろう頭を触る。少しだけ血が流れている。ちょっとクラクラするがなんとか気合で耐える。
「お嬢!大丈夫かっ?!」
状況に気がついたドンノラさんが私の身を案じて声をかける。
「大丈夫です…それよりもドンノラさんは前方の荷車をっ!」
荷車を確認するとそちらにも投石がいくつか落ちてきている。キノさんたちがいなくなって矢は射られたい放題だ。射られた矢は全て幌に刺さった状態で止まってはいるが、このままでは直接乗り込まれるのも時間の問題だった。
ドンノラさんは荷車組の状況を把握したが逡巡する。
「…しかし、今この位置を離れるのは…」
「私が補います!ユーコンさんは、あっちの守りに入って!」
レナさんは後方側から来る敵を1人で補っている。彼女にバックアップに入ってもらうわけにはいかない。
「ちっ!…レナ!ユーコン!お嬢を頼むぞ!」
そう言い残すとドンノラさんはその巨体に似つかわしくない速度で荷車のカバーに入る。ちょうど輩4人ほど近づいていた時だった。あぶなかった…ドンノラさんは定点防衛に優れている。彼なら1人でも対処してくれるだろう。
「なにがあった?!」
少し離れた位置で戦っていたユーコンさんがドンノラさんと入れ替わり私の近くに移動してくる。
「キノさんたちが敵を追って森に入りました。荷車の守りを代わりにドンノラさんにしてもらいます。頭上から投石され車の防御壁もどれくらい持つか解りません。早めにケリを…」
「そうじゃない。お前のその怪我は?!」
「…落ちてきた石に当たりました。ユーコンさんも警戒してください。」
ユーコンさんは敵を向かい打ちつつ私の状態を確認する。大した怪我じゃない。今はそれどころじゃない。私は自分の周辺にユーコンさんがぶつかっても良いよう軽めの鉄板を盾代わりに配置する。
まだ、敵の数は未知数。既に15人近く戦闘不能にしている。だがまだ向かってくる波は止まないし、木々の間から2人以上の弓手がこちらを狙っている。
マズイな…そう思った時だった。
車の後ろに人影が見えた。
ドニエプルはラプラやネビスを呼ぶのに敬称を付けません。公式な場でもさん付け程度です。ナイルに様で呼ばせなかったのはナイルがドニエプルと同等以上の存在と相手に伝えたかったからです。
ナイルがナチュラルに戦闘指揮を取っていますが直接戦闘をしない彼女が一番状況把握に適していたからです。あとドンノラとレナが従うので兵士たちも従うしかありません。
ちなみにここにいる軍兵は対人の集団規模の実戦経験がありません。経験は訓練のみです。
次回は、襲撃後編。




