ポットの町 拾一
「そういうことねぇ。身内に間者が居たのなら貴方たちの動きは筒抜けね。」
ネビスさんは私たちから先ほど発覚した事情を受けて感想を漏らす。キノさんは話を聞いてとても難しい顔だ。それはそうだろう、身内に敵が潜んでいたのだから。
この場にいる兵士はキノさんと13番隊の人たちだけだ。彼女たちは皆難しい顔で、憤りも感じる。
「ただ、今はまだここにいる人たち以外には、この件を話さないで下さい。流す情報はこちらで操作して相手の動きを限定させたいので。」
「…それはわかった。だが謝罪はさせてくれ。ウチの部隊ではないとはいえ、まさか軍の兵士にそのような者がいるとは思っていなかった。部隊長である私の落ち度だ…」
「いえ、キノさんは気が付かなくても仕方がないと思います。即席の編成であれば、少しでも関係を構築しようとするのは当然です。それには身内同士を疑うのは関係構築の支障になりますから。」
本来なら部隊編成の段階でこういった問題は解決しておくべきことだ。別系統で任を受けたキノさんたちにそれをどうすることもできない。どちらかと言うと彼女たちも被害者だ。
「それでどうする気なのだ?今の話だと我々自身を囮として奴らを取り押さえる気のようだがこちらには非戦闘員もいるのだぞ?」
レナさんの言うとおりだ。ウチの商隊の工員たちは騎士さんや兵士さんのように訓練されていない。最低限の連弩を使った戦闘行動は教え込んだけれど、所詮は付け焼き刃だ。戦闘を行う覚悟がなければ、その力は、むしろ逆効果になる。
「戦闘になる可能性は高いです。けれどなるべく戦闘を避けるか、こちらに有利な状況にしたい。そこで皆さんのご意見を頂きたいと思います。」
できる限り戦闘を避けて奴らを一網打尽にする方法、もしくは一方的にこちらが攻撃を仕掛けれる状況に持っていきたい。それには彼らが仕掛けてくる場所と人数の情報が欲しかった。
人数はドンノラさんやティグリスの話から十数から二十名程度と予測して、仕掛けてくる場所はネビスさんが用意してくれたポット周辺の地図から予想する。
「ユーコンさんの目的の場所に行くにしても、そのままコルトーへの順路を取るにしてもこの場所は必ず通りますね…」
私はポットからウマ引きの車の足で1時間程度の場所を指す。
「ここの道は森沿いになっていて人が潜むには最適だ。森の反対側も高い崖が続いていてなっていて逃げ場がない。」
町の北側の門を出てこの場所に至るまでの間は、身を隠す場所殆どない平地だ。十中八九この場所で仕掛けてくると思って間違いないだろう。予想はしやすいけれど、予想したところでこちらが先手を打つのは難しい場所でもあった。かといって町の南側から出ると倉庫街や路地の入り組んだ貧民区を通る。相手の人数が多かった場合や逃げられると、そちらの方が状況が厳しくなるのは目に見えていた。
「高台に見張りと弓、森の中にも弓と本隊でしょうか…車などには矢対策を施しますが、取りつかれると厄介ですね。」
「お前ご自慢の連弩とか銃は使えないのか?持ってきてるんだろう。」
「遠距離で先手…高台の相手にはできても森の中の人たちには厳しいですね。流石に見えない相手は仕留められません。それに連弩は弓より飛距離はないですし、銃だと殺してしてしまう可能性が高いです。」
彼らは、なるべく生かして捕縛したい。スース商会との繋がりが、そこから解明できれば奴らを追い込む一手になる。全員生かしてというのは難しいだろうけれど最小限に抑えたい。
工員たちは「殺す」という言葉にみんな青ざめる。戦闘であるなら仕方がないのだが彼女たちにそれを言って頭で理解刺せることができたとしても、心を納得させるのは難しいだろう。
中でも比較的、楽観的な性格のクマが質問する。
「回り道をするとか回避するという選択肢はないっすか?」
「難しいですね…私たちの身柄が目的だとしたら、回り道をしても必ずどこかで仕掛けてくるでしょう。こちらが間者に気がついて警戒していることを勘ぐられるのも避けたいですし予想できない行動を取られるのが一番避けたいですから。」
クマが回避の選択肢はないのかと示唆するが、結局難しい。ユーコンさんが話題を輩への対処に戻す。
「これだとほぼ戦闘状態に陥ると予想して間違いないと思っていい。それなら奴らが仕掛けて来る折にもよるが、できればこの辺りより手前で対応したいな。ここより奥だと混戦になる。」
「混戦は避けたいですね。ウマや工員たちが乗っている車に取りつかれるような状況になったら、戦況把握もその後の対処や予測も難しくなりますから。」
「では、私たちがここら辺りで先導の奴らに声をかけよう。こちらから切っ掛けを与えれば奴らも動くわけにも行くまい。」
「それでは、キノさんたちはこの位置で先行して…」
私たちは戦闘になっても少しでも有利に動けるように念入りに話合う。こちらの戦闘員数は間者と疑われる兵士除いて14名。奴らは、それ以上の人数を用意して来るのは当然だろう。ドンノラさんやレナさんは兵士さんたちより強いし、当然輩になど後れを取ることはないだろうけれど、それでも複数人相手に混戦となれば何が起こるか解らない。
なによりこちらは、工員たちが捕まり人質に取られれば終わりだ。彼女たちには連弩を持たせるので一矢くらいは報えるだろうけれど、継続的な戦闘は無理だろう。
ある程度は対案がまとまり、質問も無くなったところで私は最終確認に入る。
「では、今の話を踏まえて戦闘になれば車と荷車の護衛を重視してお願いします。工員たちは、戦闘になったら直ぐに車の中に隠れてください。あとは私たちがなんとかしますから。」
皆が頷くのを確認して話を続ける。
「実際の戦闘になれば計画通りに進むとは限りません。不測の事態にも対処できるように各個の距離はあまり離れすぎないように注意して下さい。ネビスさんたちは私たちが出発して1刻程度開けて同じ場所へ移動を開始して下さい。到着して戦闘が続いているようであれば加勢を、終わっていれば残処理をお願いします。」
「わかったわぁ」と了承するネビスさん。レナさんやドンノラさんも頷いたあとに、再度配置図を見ながら立ち回りについて考えているようだ。
するとユーコンさんが口を挟む。
「いやいや、まてまて。普通に話がまとまったところに水を差すようで悪いがお前らは大事なことが抜けているぞ。レナもドンノラもこれでいいのか?」
ユーコンさんの言葉にレナもドンノラも顔を上げユーコンさんを見る。「何が」という風な表情だ。
「こちらの戦闘員の数は14名。当たり前のようにナイルが戦闘に参加する話で進んでいるがコイツはお前らの護衛対象じゃなかったのか?」
ユーコンさんの指摘にレナさんもドンノラさんでさえハッとする。
…流石、ユーコンさん。わざと気がつかないように話を勧めていたのに目ざといなぁ…
「それはお嬢だし…」
「それはナイルだし…」
2人はバツの悪そうにそう言葉にする。2人の中では私はどういった扱いなのだろう。
「でもユーコンさん、私が大人しく車の中に籠もっている風に思いますか?」
「思わない。だからだよ。お前は距離があれば戦闘もできるだろうが近づかれれば人並み以下だ。混戦になったら直ぐに退避すること。約束しろ。」
私は「わかりました」と仕方なく了承する。私だって好きで戦いたい訳では無いけれど、戦う術があるのであればできることはしたい。もし、工員やレナさんたちの身に何かあれば私は戦わなかったことを絶対に後悔する。
「なぁ、お前ってどういう立場なの?」
今までこの場にいて何も発言していなかったティグリスが突然口を開き私に尋ねる。
私はその質問に対してこう返した。
「私は商人ですよ。貴方と同じレタルゥで、至って普通な11歳の女の子です。」
これでポットの町は終わりです。
次回からはコルトーへの帰路になります。