副団長の難儀
「ふぅ…」
「お疲れのようですね、ヴォルガ様。」
「マレーか。互いにな。直衛付きはもういいのか?」
「ええ、ハ国本国の先鋭も付いてますからね。姫に付いてる騎士…じゃなくてハ国では近衛と言いましたか…名はモガミと言ったかな。たぶんアイツはかなり強いですよ。」
私には一見普通の男に見えたが、イ国騎士一のマレーがそう言うのだからそうなのだろう。
私たちは今、ハ国から来た使節団の対応に追われていた。ハ国から使節団が来るのはこれが初めてではない。イ国が建国されてから隣国のハ国とは積極的に交流をとって来た。それは今のイ国とハ国の良好な関係の糧となった。だが今まで来た使節団は公務に携わる上位の者や大物の商人などだった。まさかハクツイスラ国王の直系である姫が来るとは思わなかった。
予定していた護衛や警護の増援、王や王子の対応の調整にも追われていた。
「ドンノラがいないのが辛いな。マレーがハ国の姫の直衛についている以上、王の直衛には同等の者を付けたいのだが…」
「今の騎士長は文官よりの人が多いからですね。ヴォルガ様が直接付く訳にも行きませんし中々に難しいですね。」
今、城都に常駐している騎士長は6名。うち戦闘寄りな者はドンノラだけだ。私はどちらもできるが指揮する立場がある。マレーは騎士長ではなく騎士官だがその強さは他国にも名が伝わっているので他国の使者の直衛として付けるにも申し分ない。王の直衛についているのはエルブルス。体格はマレーやドンノラに劣らないし、決して弱い訳ではないが文官歴が長く、いざ争い事が起こった時には心許無い。自国の王にマレーより力や位まで劣る者を付ける訳にもいかず人選には至難した。選ばれたエルブルス本人も「私がですか?」と狼狽していたくらいだ。
「まぁ、まだナイルがここにいないのが救いだな。」
「ええ、ナイル嬢は何かとこう言う時に面倒事に巻き込まれますからね。居たとしても直接、ハ国の姫と出会う機会はないでしょうが、彼女なら何があっても、大抵のことではもう驚きませんよ。」
ナイルとは1年ほど前に南門襲撃事件で出会って以来の付き合いだが魔法で騎士たちを驚かせ、街中での拉致事件、ハンジールの逮捕では直接乗り込み、商会を任せればあり得ないほどの速さで事業を拡大させ、国との繋がりを強くしようとしたら王族どころか王と直接、親しくなり、街の外に出ればイズニェーネと遭遇して、尚且つそれを退治してしまった。
彼女は常に予想の斜め上をいく。それがこの1年と少々の間で解ったことだ。
マレーを彼女の護衛として付けたのは彼女の処遇や性格を考慮しただけではない。彼女の置かれた状況を考えると、その情報の取り扱いには信頼できる者である必要があった。私に信を置くマレーは彼女の情報を得るにも秘匿するのにも打ってつけだった。
ただ、そのマレーも最近はナイルへの執着と信頼が高まりすぎてしまっているようだが…
「もしかしたら、旅路でも既に何か巻き込まれているやもしれませんよ。ナイル嬢であれば自力でなんとかしてしまうと思いますが。」
「お前はナイルの力を信用し過ぎではないか?ナイルは成人はおろか、まだ10歳の子供なのだぞ。その上、レタルゥだ。」
「いえ、信頼を置く者に年齢なんて関係ありません。それに私はレタルゥは彼女しか知りませんし彼女は身体能力こそ年相応以下ですが、巷で聞くほどに病弱とは思えません。今ではレタルゥの言い伝えなど噂に過ぎないものだったのではと思うほどです。それに彼女の近くにいると不思議と活力が湧いてきますね。ヴォルガ様もそう感じられるのでは?」
「私は、活力が湧くというよりも頭が痛くなるな。」
「そうは言っても知っていますよ。賄方にナイル嬢にレシピを聞いて『ぷりん』を作らせようとしたり、日々隠れて魔法の練習していたりとヴォルガ様も彼女の影響を十分に受けているようではありませんか。」
「あれは単にイ国の名産に成り得ると思ったまでだ。それに鍛錬は、日々怠らず行っているのは騎士として当たり前だ。別にナイルの影響を受けたわけではない。」
私の言葉を聞いたマレーは苦笑しながら彼女に魔法で造って貰ったという剣に手を置く。
ここ最近のマレーは私が何を言ってもナイルの肩を持つようになってしまった。
彼女がマレーに送った剣は恐ろしい程の切れ味でマレーの剣技も相まって我々騎士が普段使っている剣を折るのではなく、軽々と両断してしまう。同じ鉄製の剣でもだ。ナイル曰く「鉄というのは奥が深いのです。精錬は鉄に始まって鉄に終わるといっても過言ではないのですよ」と本職の鉄工職人のような物言いだ。正直いってマレーの剣はイ国の王が持つ剣よりも遥かに良質なものだろう。国宝といっても過言ではない。
そんな物を送られれば、信頼も厚くなるというものだ。マレーは物で簡単に釣れるような者ではないが、普段のナイルの子供らしさや甘さに慣れたところに、いざ事が起これば我々でも引いてしまうような冷淡さと強行さ、戰場が本職である騎士たちから信頼を得るのも頷ける。剣を送られたのは、トドメだろう。
彼女の今作っている武器についてもそうだ。彼女が私の所に相談に持ってきた『小銃』という武器は恐ろしい威力のものだった。それこそ、数十人がかりでやっと倒せるイズニェーネをたった3発で倒してしまう代物だ。使う者を選び、運用にもそれなりの戦略が必要になるだろうが採用されれば今までの戦略や戦法は一気に塗り替えられてしまうだろう。
「とりあえずナイルが城都に戻ってくるまでには、あと1週間はかかるだろう。良い機会だった。ハ国からの使節団で手一杯の状況でまた問題を持ってこられては敵わないからな。」
「そうでしょうか?むしろ私は何か事態が起こったとしても彼女がいたら、なんとかなるような気がします。ナイル嬢の存在は、もしかするとイ国の地に遣わされた守りの精霊かなにかやもしれませんよ。」
ついにマレーがナイルのことを精霊とまで宣うようになってしまった…王も先日に「ナイルを商会から国務の助言役として派遣させれない」などと口走っていた。
彼女を飼いならすつもりが逆に我々が飼いならされているような気がするのは何故だ…
頭が痛い…そう思っていると部屋の扉が叩かれ伝達の衛士が入ってくる。
「恐れ入ります副団長。火急の件とのことでアグニン様からの伝達で御座います。」
「どうした?」
「昨日、ト国から文が届いたそうです。内容はト国の使者が後日イ国へ来られるそうです。予定は1週間後。準備をよろしく頼むとのこと。」
…頭だけでなく腹元までもがキリキリと痛くなってきた。
副団長視点の間話でした。ナイルがポットの町に向かう頃、城都でのお話。
なんだかフラグを立てまくるマレーさん…
マレーはヴォルガの腹心ですが最近、ナイル信者になっていくマレーをみてヴォルガは気が気ではありません。でもそのヴォルガも既に十分ほだされているのですが、本人は絶対に認めません。
次回は、舞台はナイルたちに戻ってポットの町。




