唐突な遭遇戦
「マレーさん、あそこに今何か通り過ぎませんでしたか?」
距離があるので何かまでは判別できないけれど…
「ああ。私も気配を感じました。」
「何だと?ここは滅多に人は来ないはずだぞ。」
「いや、この気配は人ではないと思うが…」
マレーさんは言い淀んだが、私にはその理由がわかった。なんとなく人ではないと言うのは動きなどの雰囲気で解る。ならば野生動物かとなるが、ただ先ほど見えたその影のサイズは人かそれ以上なのだ。
街の外には野生の動物が勿論いる。けれどこの世界の動物たちはみんな比較的小さい。人より大きい動物といえばウマくらいしかいなかった。二足で立っている人より頭が高い動物などいない。もしいるとしたらそれは…
「ウマ…ではなかったですよね、影の形は。」
「はい…2人はここで待機してください。ユーコン、ナイル嬢を頼む。」
そう言うとマレーさんは既に抜いていた剣を構えて前にでる。先ほど見えた影は伏せてこちらの様子を伺っているのか今はこちらからは見えない。
…と思った瞬間に木影から飛び出た影が一気にこちらに向かってくる。その速さは走ってくると言うよりも飛んでくると言う言葉の方が適している。
飛んできた影をマレーさんは剣で迎撃する。一撃…が相手はマレーさんの斬撃を喰らいながらも構わずもう片方の腕で反撃してきた。マレーさんもその攻撃を返す剣で防ぐ。
「逃げろ!イズニェーネだ!」
イズニェーネ…この世界で実在する化け物とか妖怪みたいなものの名称だ。講義で習った内容は祟られた動物が突然変異したもの言われている。目の前にいる、その化け物は見た目は変異する前は犬のような四足の動物だったのだろう。けれど今やその見る影もなく毛や皮が一部剥がれて肉は膨張し、二足で立っている。その姿はまるで毛のない痩せた熊のようにも見える。目は真っ黒で角膜と結膜の境がなく、口から泡を吹いている。まさに化け物だ。
「ナイル逃げるぞ!」
ユーコンさんは私を抱えて走り出す。
「待って、マレーさんは!?」
「マレーなら大丈夫だ。あいつはイ国騎士団一の剣士…」
走りながらマレーさんの様子を伺ったユーコンさんの言葉が止まる。
マレーさんの斬撃は早くて重い。しかし、その斬撃を受けたイズニェーネには効いている様子はない。剣の刃が通っていないのだ。そのうえ動きが早く、マレーさんの表情にはまだ余裕があるように見えるが受け身になっていた。
「くっ…とりあえず街まで走るぞ!支援を求めるんだ。人を集めなければアレは倒せない。」
「街までどれくらいかかると思ってるんですか!いくらマレーさんでもそんなに持ちませんよ!?」
街まではどんなに急いでも10分程度かかる。私を抱えた状態ではもっとかかるだろう。それから人を集めて討伐に向かっていては到着する頃はゆうに1刻を超える。今の様子を見ている限り守りに徹しているマレーさんならいくらか持ち堪えそうだけれど1刻は流石に無理があるだろう。
「ダメです!おろしてください!」
「無茶をいうなっ!お前がいたら逆に足手纏いになるんだよ。」
私はユーコンさんの言葉を無視して腕の中で暴れる。
むぅ、なかなか抜けれない…
私はユーコンさんの腕におもいっきり噛み付いた。
「いてぇぇ!!何をしやがるっ…」
反射的に抱える力が抜けた瞬間に私はユーコンさんから抜け出す。落ちた瞬間にお尻を打った。痛いけれど今はそんなのを気にしている場合じゃない。私はマレーさんとあのバケモノがいる方向へ走り出す。
「待てっ!お前が行ったところで無理だ。アレはそういうものじゃない!マレーはお前の護衛なんだぞ!」
逃げてきた道を切って返して走る私をユーコンさんはすぐに追いて、止めようとするけれど私はその手と言葉を拒否して走った。そこまで離れていなかったのだろう1分もしないうちに元の開けた場所へと戻ってきた。
見えたマレーさんは剣を持っていなかった。すぐ傍に刃の砕けた剣が落ちている。徒手空拳でバケモノと渡り合うマレーさんだが、彼の顔には焦りは見えていない。流石だった。
でも今のままではジリ貧だ。考えろ…相手はマレーさんの豪剣でも致命傷が与えられない。鉄製の剣が砕けるほどに硬いし、動きも早い。私の魔法の刃は自重落下だ。命中させるのは至難だし、当たっても致命傷を与えられない。下手をすると逆にマレーさんの邪魔をしてしまう。火や爆発も同じ理由で使えなかった。こうも動き回る相手に直接魔法を発現させるのは無理だ。
剣が通らないなら…っ!
私が対抗手段を思いついたと同時にバケモノがこちらを認識したように見えた。鳥肌がたつ。
側に立ったユーコンさんは諦めがついたか、今逃げるのは得策ではないと判断したのか剣を抜いて私の前に出る。でもそれでは無理だ。剣では刃が通らないのは実証されている。
私たちに気がついたマレーさんは少しだけ驚きながらバケモノの攻撃を躱す。
「ナイル嬢!?なぜ戻って…」
「マレーさん!そいつを筒の射線上に!」
マレーさんの言葉を遮って私は彼に伝える。それだけで彼は私の企図を認識したのか攻防の中で体位置を変えつつバケモノを射線上へと誘導している。
そう、もう少し…マレーさんが射線上を通過…バケモノとの距離はあと3メートル…
そこっ!
私はタイミングを合わせて魔法を発動させる。発現先は銃身の中にある弾薬、薬莢内。水素を作成すると同時に530度以上にまで加熱させる。
バァァンッ!!
銃口からは炎が微かに漏れる。バケモノの動きが前傾でピタリと停止する。続けて残り二つの銃身からも発砲。
ババァァン!
バケモノの体が少し後ろへ飛ぶ。そしてそのまま地面に倒れた。しばらくは踠いていたが時期に動きはおさまった。
至近距離で3発の直撃。流石に剣を弾く体でも銃弾の破壊力には敵わなかったようだ。マレーさんは動きを止めたバケモノにしばらく残心をとっていたが、その構えを解く。
バケモノに残る銃痕は7.62ミリにしては大きい。見た目以上に内部組織を破壊しているのが見てすぐ解る。発射された弾丸は火薬の銃で想定していた威力以上を有していたようだ。発砲した銃身はいずれも閉鎖機構部が破裂していて爆発の衝撃に耐え切れなかったみたいだ。改良の必要がある。
「逃げろと言ったはずです。なぜ戻ってきたのですか?」
私の元へ来て、そう言うマレーさんの表情はいつもと違って厳しいものだった。バケモノの遺体を確認していたユーコンさんもこちらを向く。表情はマレーさんと同じ。
勿論、私がこの場に戻ってきたのはマレーさんを助けるためだ。
マレーさんは私の護衛であるのだから本当は私はそのまま避難するのが正解だったのだろう。けれど任務とはいえ1年以上一緒に過ごした私にはそれができなかった。彼は家族とは違うし、私の護衛だけれど、それ以上に仲間という意識が芽生えてしまっていた。だからどうしても助けたかったのだ。
だけれど、それを素直に言ったところで彼は納得しないだろう。彼の任務は私の護衛。護衛対象を危険に晒して、助けてもらうなど騎士として矜持が許さないはずだ。
私は少し思案して、こう切り出した。
「答えは簡単です。倒せると解っていたからですよ。実験には最適な目標でした。」
私の応えを聞いた2人は唖然とした表情になる。
「…は?イズニェーネは村一つくらいなら全滅させるような化け物だぞ。それを実験目標だと…それにお前はイズニェーネを見るのは初めてだろう。」
「講義では習っていましたが目にするのは初めてです。けれど見たところで十分に銃で対処できる相手だと解りました。鉄製の剣をも弾く強固な体は今回の実験目標としては、むしろ最適だと認識したから戻ってきたのですよ。心配させてしまって申し訳ありません。」
私の言葉を聞いた2人はなんとも言えない表情になる。驚いているというか、呆れているというか、怒っているというか…なんとも感情の入り混じった表情だ。
「ナイル嬢。あなたは騎士団の護衛対象だ。今回は上手くいったが必ずしも予想通りに事が進むとは限らない。まず自分の身を第一に考えた行動をして貰いたい。」
私はその言葉を了承して、もう一度謝罪の言葉を告げる。
勿論、私が言ったことは嘘だ。あんなバケモノに銃弾が効くなんて解らないし、そもそも銃がちゃんと動作するかも賭けだった。それにあのバケモノがマレーさんではなく戻ってきた私たちをいきなり襲ってきていれば、私にはうつ手がなかった。偶然全てが上手くいっただけだ。
「お前、面白い奴だとは思っていたがそれ以上に危ない奴だったんだな。まさか自分の身を顧みらずに実験を優先するとは…」
ユーコンさんは私のことをマッドサイエンティストのように言う。失礼な。
「それだけじゃありませんよ。心配はしていませんでしたけれどマレーさん1人ではやっぱり少し大変かなと思ったのです。どうでしょう、少しはお手伝いになりましたか?」
それを聞いたマレーさんは苦笑しつつ「大いに」と答えたのだった。
剣がなくなっても冷静なマレーは流石です。ちなみにユーコンはナイルを守るために剣を抜いて前へ出た時には死も覚悟しています。
次回は、その後のお話と新事業の発展のお話…の予定ですが少しお時間を貰います。




