増える面倒事
あれから半年の月日が過ぎた。
私は75…じゃない、10歳になっていた。
あれからも騎士団へは通っている。この世界での常識と言われるもの、必要な知識を学び、最近では午後の講義がない時には騎士さんたちに混じって鍛錬もするようになった。鍛錬と言っても私は訓練場の周りを早足で歩くくらいだけれど。
勿論、魔法の実験もなるべく欠かさずに続けている。今では精密な精度の物体の作成にもそれほど時間をかけることはなくなった。そろそろ、庭に増えたガラクタもどうにかしなくてはいけない。
商会の運営も順調に進んでいた。思っていた通り、当初は一部の服飾商会や組合による抵抗や反対意見もあったけれど、予想外に他種商会や工房からの反響が大きく、特に素材を提供する農畜産や林業を縄張りとする商会からの後押しが強かった。木工や鉄工の工房を主体とする商会も現在の商会の体制改変には前向きで各商会で新規事業の企画や参入が練られている。
ホシノ商会も染色だけでなく、生地の生産と服飾商会を取り込み、農畜産商会と提携して素材の生産から服の販売までを行えるような体制を作った。それだけでなく企画部を作成し既存の研究だけでなく、薬学や木鉄工への参入も視野にいれている。
私はドニエプルさんと各商会との商談、協議の場に付いて行き、そこそこで新らしい体制提案やちょっとした技術的助言を行う。気がつけば私もそれなりに顔が広くなっていた。
「ナイル。新しく提携する商会には何をさせる予定なんだい。」
「まずは鉄産工房と木工房にも協力してもらって工房の備品の改修をお願いしようかと。併せて今の染色工房は所在がバラバラですから一箇所に第1工房から12工房まで全てが集まっている方が生産体制を築いたほうが設備効率も上がるでしょう?それに隣接して、服飾工房や生地の保管施設も作ればもっと効率化になります。」
「ふむ…それなら場所はここがいいね。ここならアクセリア商会の流通拠点とも近いし作った製品を国内外へ流すのにも滞りがない。」
「いや待て待て。工房や拠点場所を変えるのなら染色工房の奴らならともかく他の商会から来た奴らには事前に話を付けておかないと後々で問題になるかもしれんぞ。」
「それではそこはラカポシさんにお願いします。でも、その場所だと敷地と予算が…」
こんな感じでホシノ商会での方針は私とドニエプルさん、ラカポシさんとで協議が行われている。たまにレナさんも居合わせるけれど、レナさんが意見を述べることは殆どない。
ここ最近は毎日のことで自宅に帰るのも夕食の時間を超えることもしばしば。ああ、家で気兼ねなく実験してダラダラと過ごしていた無職の頃に帰りたい…
「ふぅ…」
「…最近疲れているんじゃないのか。」
騎士団の蔵書庫、つまり副団長の執務室だ。午前の講義を終えて、調べ物のために立ち寄っていた。
「えぇ、ここのところ商会に連日、顔を出していまして毎日夕食後の帰宅になってしまっているのです。」
「商いが活発であることは良いことだ。お陰でこの国全体の市場が活発な傾向になってきているし、公の立場としては感謝したいところなのだが…無理をしているのではなか?」
「無理とまでは行きませんが、少し疲れが溜まっているのは確かですね。」
「君はそもそも身体が強くはないのであろう。レタルゥとはそういうものではないのか?」
「そうですね。でもここ1年は倒れたり発熱したりはしていないですし、体力も付いてきたように思えますし、たぶん大丈夫です。」
私のようなレタルゥは生まれつき病弱で体力もない。生まれてすぐに無くなってしまう者も多く、長く生きているレタルゥは珍しいらしい。私もその例に及ばず寝たり倒れたりを繰り返していた。でも、1年ほど前、9歳になった頃から不思議と倒れることも少なくなってきた。そもそも、生まれてくること自体が本当に稀にしかないらしいので、少なくともこの国で確認されて生存しているレタルゥは私一人しかいないらしい。
「なら良いが…突然私の前で倒れたりするのは遠慮願いたいな。」
「解っていますよ。私だって死ぬならお布団の上が良いですもん。」
副団長の言い方は一見、無遠慮だけれど、これでもこの人なりに心配してくれているのだろう。最近、解ってきたけれど副団長は私に甘い…というよりも子供に甘いところがある。本人曰く、「どう接していいか解らない」と言っていたけれど同時に「君は子供らしからないので別だ」とも言われた。解せない。
調べ物も終え、鍛錬でもしようと訓練場へ向かおうと思った頃だった。コンコンと扉を叩く音がする。副団長の誰かと尋ねに返ってきた声の主はユーコンさんだろう。
「お、今日はナイルも一緒か。久しぶりだな。」
「お久しぶりですユーコンさん。」
とは言っても1月ぶりくらいだ。あれから講義にユーコンさんが来ることも度々ある。彼の講義は専門は法についてだけれども、この世界の一般教養というか雑学的なものもあって面白い。
「今日はちょっとツレもいてさ。ほら、挨拶。」
「久ししいな、ヴォルガ叔父上。」
叔父上?え、誰…ってこの場にそう呼ばれる対象は副団長しかいない。
「二メレンか。叔父上は必要ありませんよ。昔のとおりヴォルガで良いです。」
「そうか?ユーコンも同じように言っていたが。」
「そりゃあ、この歳で『叔父さん』なんて呼ばれたくないからな。」
「そういうものか…」
「私は違う意味で言ったのですが…まぁ、理由は何でも構いません。私らに敬称は不要です。」
了承したと返す少年。見たところ年端は私と同じくらいか。服装などから、それなりの出身なのが解る。元貴族様か富豪の子供なのだろう。彼は部屋の中へと足を踏み入れると、断りもなく椅子に座る。それをみて副団長やユーコンも席についた。つまりは結構な立場のお子様だ。
彼らは私を余所に談笑を始めたので私は無言でお茶を人数分入れ、出来上がったお茶を机へと持っていき配膳する。お子様には甘めに作ってある。
「…ヴォルガはえらく幼い給仕を雇っているのだな。趣味なのか?」
ビキッ
なんていうか…かなり生意気なお子様だな。自分だって私と大して変わらない年端だろうに。
「えっと、二メレン様でしたでしょうか。お初にお目にかかります。私はナイルと申します。お見知りおきを。あと私は給仕ではございません。」
「なんだ給仕ではないのか。では何故こんなところにいる?」
「この子は訳あって騎士団で面倒を見ているのです。面倒といっても通いで両親は健在でありますが。」
こちらが名乗ったのに自分は名乗らないのか。それに私をスルーした上で副団長へ質問…うん、こいつ機会があったら絶対しめてやるっ!
「騎士団に通いで?こんなチビが騎士候補…なわけがないか。」
「ええ、彼女は騎士候補などではありません。純粋に騎士団に学びに来ているだけの立場です。」
二メレンは私の言葉には返答せずに「いつから騎士団は幼子の学舎になったのだ」だの「これも父上の国政のお陰か」などと好き勝手ばかり言っている。なのに彼の言動を副団長もユーコンもまったく窘めたりしない。つまり彼らの立場では言えない間柄なのだろう。だけど子供同士の私にはそんなことは関係ないことだ。
「そもそも貴族制や領地制など古い理念に縛られたままでは本当の共和の道など来ない。全ての民が平等であって全てに自由であればこそ、秩序と繁栄が…」
「二メレン様は本当にそれで国が治められるとお思いなのでしょうか?」
「…なんだと?」
ユーコンさんが「やめろ」と言う顔で見ているが無視する。副団長は「我関せず」という表情だ。
「全ての民が平等で自由なら、そこに生まれるのは競争です。生まれながらに違う立場にある人は生まれた時点で平等ではありません。事実、貴方のような貴族に生まれた者と下町に生まれた私では生まれながらに差が存在します。無制限の自由であるならば、これを覆そうと競争が起こる。そこには争いの火種が生まれ、果ては秩序を崩すものです。」
「共和制の理念とは民が主導で自由であることだ。それゆえに争いが起こるというのであれば致し方がないだろう。」
「それでは国の目的とはなんでしょうか?人の生存と繁栄、そして幸福が目的のはずです。そこに争いが起こるのであれば民は幸せではないことになります。自由という手段に固執して本来の目的から外れてしまうのでは本末転倒ですよ。」
「ならば王政や貴族制のままの方が良かったのか?もしこの国が共和国でなければ下町出身のお前なぞこの場にはいられなかっただろう。」
「確かにこの騎士団で私のような者がこのような環境に入れるのはこの国の今の体制のお陰でしょう。しかし、それが平等で自由かと言われれば違います。事実、二メレン様のようなお子様がヴォルガ様たちを差し置いてこうして椅子を並べ、横柄な態度で話していられるのも家柄などの力があってのことでしょう。それは制約のある平等ではないのですか。」
「…ぐっ、しかし人は自由であってこそ…」
二メレンが弱気になった。私は一気に畳み掛ける。
「そもそも人は1人である時がもっとも平等で自由なのです。しかし、1人では生きるのは困難です。だから群れを作るのです。人が増えればそこには制限が必要になり、群れの中に生きる者には各差が生じます。国の民という時点で平等や自由には制約がかかるのです。」
「先ほども言いましたが国という群れを作る目的は生存と繁栄、そこに住む民の幸せが目的です。国政も治安も武力も法も教育も全てこの目的のためにあるのです。無制限の自由や平等なんて毒でしかありません。制限と制約と自由と平等が均衡を保って、そこに住む人々が幸福を感じられる状態であることが国の目的なのです。勘違いされぬよう。」
ふぅ、ちょっと最後は語気が強く言い過ぎちゃったけれどこの生意気なお子様には丁度良いだろう。副団長やユーコンさんとの関係から見ても国政に関わる公の立場のお子様だろうし、間違った概念のまま大人になられても困るものね。
二メレンは俯いて黙してしまっている。私はちょっとした達成感を感じた。…いや、決してさっきの失礼な態度をされた鬱憤を晴らしたかった訳ではなくて教育ですよ?教育。
「…帰る。」
「えっ!?あ、ちょっと待てて、おい。」
そそくさと立ち上がって部屋の外へと出ていく二メレン。それを慌てて追いかけるユーコンさん。部屋から出ていく直前にこちらに見せた表情と口の動きは…「ヤッテクレタナ」。
あ、これ後で怒られるかもしれない。
「お茶、替えを用意してきましょうか?」
私は何事も無かったかのように副団長に振る舞う。
「君は国政についても知識があったのだな。」
「いえ、私の国政に対する知識なんて聞きかじったようなものですよ。夢の中でも経験なんてありませんし…」
『彼』は軍人、しかも下士官だった。公務の立場ではあったけれど軍部と国議を切り離したあの国では、寧ろ政事とは対局の位置にあっただろう。私が知っているのはあくまで『彼』が受けた教育や本、外部情報や、実際に『彼』の周囲の環境を見てきた、私個人の考えでしかない。まぁ、それでもまだ国政も未成熟なこの世界ではそれなりに、この知識も役に立つのかもしれないけれど。
「いや、中々のものだったぞ。理念や概念というのは思っていることを言葉にするということが難しいものだ。二メレンも本能的には解っているのだろうが、自分の言葉に踊らされていた。君の言葉で気が付けたなら彼の今後の糧になるのだが…」
副団長は思っていたよりも怒っていなかった。たぶん、副団長も彼の言葉に違和感があったのだろう。良かった、面倒なことにならなくて。
私は去っていった2人が残したお茶の器を回収する。
「因みに、いずれ解ることになるだろうから先に言っておく。二メレンはこの国、インラカスイ国王の嫡子だ。」
ガチャン!
おう…面倒なことになった。
最後のは悪ノリです、すみません。
二メレンはお坊ちゃんですので打たれ弱いです。強引に追い込めばだいたい負けるのですが立場上そんな相手は今まで居ませんでした。ナイルのような怖いもの知らずは彼にとって天敵ですね。
次回は、もっと面倒なことに。




