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イ国の魔女  作者: ネコおす
第一部 イ国編 ~商会の主~
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新しい生活 七


「技術を売る?」


「はい。いくら草木染の手法が世間に広まったと言っても所詮素人技です。一日の長がある工房の高品質な染色技術には敵いません。けれども生地商会や服飾商会などは組合規模で試行錯誤しながらそれなりの良品を上げてくるかもしれません。もしかしたら工員の引き抜きや間諜を入れられる可能性もある。それなら最初から染色技術自体を商品として取引したらどうでしょうか?」


「確かにそれなら利益にはなりますが、結局それでは市場の競争を早めるだけになりませんか?それに服飾の技術をもつ商会が染色技術を得てしまうと染色しか市場の無いこの商会は不利になってしまいますよ。」


「ですから単純に技術を教えて利益を得るのではなく服飾を扱う商会と『提携』や『合併』していくのは如何でしょうか?」


私は合わせて『提携』とは条件を定めた上で共同体制をとる事、『合併』は他の商会を取り込む事だと説明する。それを聞いたドニエプルさんは懸念を口にする。


「悪くない案だが、それでは少々難しい…生地や服飾を扱う商会は複数あるがその一部だけが利益を得るような事は組合が決して許さないだろう。かといって規模の大きい組合自体を相手にしてしまえば逆にこちらが取り込まれてしまう可能性がある。」


「いえ、別に一部にだけに技術を流すのではなく欲する商会には全て売ってしまえばいいのです。市場の競争は一気に加速しますが、それで勝ち残れば今まで以上の利益を得ることも可能でしょう。」


「…そういうことか。それで3つ目の企画部門の設立か。」


「ええ。先程言った通り一日の長がある内に染色技術について研究してもっと先をいきます。他にも従来のやり方を伸ばすだけでなく、まったく新しい手法の模索、企画するための部署です。併せては染色以外の別事業にも目を向け利益に繋がる手札を増やします。むしろこちらから生地や服飾商会を取り込んで他の商会より先をいけば良いのです。」


少し強引だが、これが私があっちの世界で見聞きしたにわか知識を活かして、素人なりに考えてみた経営方針だった。攻めに特化した戦略だし、あっちの世界では箸にもかからないだろうけど、まだ商いが発展途上にあるこの世界でなら分があると思う。


「ナイルさんが言ってることは理解はしました。だた思った通りに事が運ぶでしょうか…」


「勿論、全てが上手くいくとは思っていません。下手をすると飲み込まれるのはこちらです。提携も約束を破られてしまう可能性もあります。ですから条件を決める際はしっかりと固めて、それこそ執行官も巻き込むくらいでも良いでしょう。それと技術提供も本当に大事な部分はウチ独自の手法として残しておくべきでしょうね。」


私もレナさんの言う通り、すんなりと事が進むとは思っていない。私の提示案は確かにこの商会の勝算も考えて思案したものだけれど、実は本当の目的は利益とは別にある。

それにこの筋書きが失敗に終わって、この商会が潰れたり服飾組合に取り込まれたとしても染色の知識や技術を持ったラカポシさんたち職人が路頭に迷ったりはしないだろうしね。

…勿論、筋書き通りに上手くいってお金ガッポガッポになれば嬉しいけど。



「…技術の提供は無償でもいいのかい?」


「勿論、提携や合併した商会には無償でも良いですが、他の商会にまで無償というのは行き過ぎかもしれません。差がなければわざわざウチと提携や合併する旨味がありませんから。ただ技術提供自体は大した利益にならなくても良いかと思います。そこで利益を得るのが目的ではありませんから。」


「それなら然程無理ってことでも無さそうだね…」


「お祖母様、本当に今のナイルさんのお話を!?」


「かなり大雑把だし、賭けに近い部分もあるが、それなりに筋は通っている。細かいところは私が動いて補えばなんとかなるだろう。方針としては十分理解した。それにナイルの言う通り現状維持ではいずれはこの商会はジリ貧になる。お前にこの子の言う以上の案があるのか?」


そうドニエプルさんに言われてレナさんは黙ってしまう。



正直に言うと私の目的は商会の利益より市場の競争化が目的だった。この国は共和制化以降、重商を目指している。けれども建国40年間で安定してしまった市場は動かない。それはこの国が従来の商会システムで殆ど市場が固定化してしまっているのが原因だ。

これを破って市場の活性化を起こすなら既存のやり方では無理だ。新しい事業、新しい体制で旧来の流れを一度破壊する。申し訳ないけどウチの商会にはその楔を担ってもらおう。


私の環境は「私の知識でこの国に貢献する」といった取引の上にある。直接的でないとしても出来ることはやっておきたい。私が直接行ったことでなくとも、国勢が良好になれば結果的に私の立場の保証にも、きっと繋がるはずだ。


ちょっと打算的かもしれない。けれど騎士団や商会に関わる人たちにだって少なからず打算はある。私は自分と家族を最優先に考えているだけだ。ただ、それで周りの人たちも一緒に幸せになれる方法があるなら、それが一番良い。



「それとナイル。いつまでも『ウチの商会』とか『この商会』とか言い難いから名前を決めな。」


「名前…ですか?」


打って変わって突然の提案。商会の名前…と言われてもまったく思いつかない。今後の方針とかの方がまだ思い浮かぶ。もう染色商会とかでいいのでわ。


「アクセニア商会はドニエプルさんの家名が由来なんですよね?」


「ああ、この国は主の家名をそのまま商会に付ける事が多いからね。ハンジールのように自分が主になったら自分の名前を付ける奴もいるが。」


ナイル商会…いやいやそれは自分で言うのは気恥ずかしすぎる。でも下町出身の私には家名なんて大層なものはない。


「表的にはドニエプルさんが主なんですからドニエプル商会じゃダメなんですか?」


「嫌だよ、自分の名をつけるなんて野暮なこと。それにこの商会は本来ナイルが主だろう。お前が決めな。」


自分の名前を付けるのは野暮なのか…言わなくてよかった。でもそうなるとどうしよう。いっそミーナ商会とかゲイル商会にしてしまおうか…



そう思った時、フッと頭に浮かんだ。家名、それならいいのがあった。



「ホシノ…ホシノ商会ではどうでしょう?」


「…『ホシノ』商会か。…いいんじゃないか。ここらで名前にする言葉ではないが、だからこそ新鮮で覚えやすい。」


私は、この世界の名前の付け方なんて知らないけれど『彼』の家名はこの世界の人のお眼鏡に叶ったらしい。


「さて、方針も名前も決まったところで、今日はこれで終いにするか。夕食を用意させるけど食べていくかい?」


「あー…いえ、家で夕食を用意してくれていると思うので今日は遠慮しておきます。」


「そうか。せっかく良い『コシ』が手に入ったんだがね…」


危なかった。以前にドニエプルさんに夕食をご馳走になったのだけれど、確かにウチの家では絶対に食べられないようなご馳走だった。だったけれど私の口には合わなかったのだ。

流石は海を越える流通商会、虫の幼虫が入ったスープが出てくるとは…


「そうだった。今月の配当をいれておいたから明日にでも銭所で確認しておきな。」


「解りました。」


日は既に落ちかけている。今から帰れば丁度、御飯時には間に合いそうだ。

私が立ち上がるとレナさんも腰を上げる。


「ナイルさん。私もご一緒致しますから少々お待ち頂いても宜しいですか?」


「え、ええ。」


急な申し出を私が了承すると彼女は部屋から出ていく。しばらくすると先ほどまでの容姿とは違う騎士姿のレナさんが部屋に入ってくる。


「待たせたな。それでは行こうか。」


急に騎士口調に戻ったレナさんに少し戸惑いつつも私とマレーさんは彼女についてドニエプルさんの館を後にするのだった。


商会の運営。ナイルの経営戦略はかなりイケイケですね。吉とでるか凶とでるか…


次回は、自宅への帰り道です。



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