新しい生活 六
「うぅ…すみません。」
「まったくだよ。声が大きいのは騎士としては長所だけどね、それ以前に淑女としてどうなんだ。たく、タッパだけデカくなっても変わらないね。」
レナさんは館中に響き渡る大声を出したことで恥ずかしさで縮こまっている。もう止めてあげて、この世界にステータス表記はないけど彼女のHPはきっともう赤だ。
「申し訳ない。この子は昔から偏狭でね。」
「いえ、構いませよ。」
レナさんの反応は少々大袈裟すぎだったとしても、それくらい驚くべきことなのは間違っていない。ドニエプルさんはこの国の商人としては重鎮だし、元貴族でロ国では騎士であって血統も実績も高位な人だ。それがよくも知らない下町のしかも子供の下で雇われの立場などあり得ない話だ。
「私は少し外の空気で頭を…」
「いいから。お前は大人しく座っておきな。事情はあとで話してやるから今は聞いておけ。」
ドニエプルさんは席を立とうとするレナさんを止める。彼女も私のことは必要最小限の人しか知らないように努めてくれている。敢えてこの場にレナさんを残そうとするということは、つまりレナさんをこの商会に巻き込む気なのだろう。
「話を戻すよ。工房は事件前の体制とまでは言えなくてもそれなりの運営状態までには復旧されている。そこで今日の議題は、この商会の今後の方針を決めていきたい。」
今後の方針?このまま元の運営に戻して染色だけでは駄目なのだろうか。
「現状、解雇はせずに従業員を引き継いだことと今まで主に回していた取り分を人件費に回したことで、工員達の受けは悪くはない。ただ商会自体の利益は以前より減少傾向。これは運営云々というより事件後の混乱によるものととラカポシが現場から抜けたことが大きい。」
染色工房は1工房から12工房まであるがラカポシの居た第2工房はムジとクザの二人に任せられた。単色染物なら問題ないが複雑な模様などの染色はそれにかかる作業時間がラカポシが居た頃とはまるで違うらしい。結果、難しい仕事は他の工房に回したけれど、それでも従来の作業進度より劣ってしまうそうだ。
「現状のままでも利益は得られる。しかし染め方が下町に流れ、他の商会も染色に興味を示しているのが現状だ。今後、他の商会も参入してくると思っておいた方がいい。そうなれば確実に利益は減っていくだろう。」
豚さんの商会が染色を独占していた時は他の商会にそれをさせなかった。汚い手を使ってでもそれを排除した。でも私はそんなことをするつもりはない。しかし、それでは事業としてはジリ貧になるのも事実だ。
「ドニエプルさんはどう思いますか?」
「私の意見は暫くは現状維持。正直、利益が減少傾向といっても現状ではまだ染色はウチの独占状況にあるからね。充分に小遣い稼ぎくらいにはなる。」
確かに従来の運営体制のままでも利益がなくなることはないだろう。ドニエプルさんは小遣い稼ぎ程度と言ってるが先月の私の取り分はお父さんの俸給数ヶ月分だった。生活に必要なお金を蓄えるという点ではこのままでもいいのだが…
「だがこれは私の意見だ。この商会は合同出資によるものだし表面上は私が主だ。けれど本当の主はお前だ。お前が決心しな。」
私としてはこのままドニエプルさんに全部お任せしたいのだがそういう訳にもいかないらしい。それに私の立場は、あっちの世界の知識が騎士団やこの国に貢献するという条件で保証されている。となればドニエプルさんの意見だけでなく私がそれなりに役に立つということを証明しなくてはならない。
私は少し逡巡を巡らしたのちにこう切り出す。
「…私が求めるのは3つです。」
ドニエプルさんだけでなく、ラカポシさんやレナさんも私に視線を向けている。
「1つは雇用形態の見直し。次に事業内容の改変。最後に企画部門の設立です。」
「見直しに改変に新設ね…具体的にはどういうことだ?」
「ラカポシさんから聞いた話だと給与は工房長などに支払われ、従業員は工房長から支払われる。卸店なども同様…で間違いないですよね?」
「あぁその通りだ。」
ウチの商会に限らない。この国の商会の多くはこの雇用形態を取っているのが一般的らしい。同じ商会内なのに細かい人事や運営は下請け会社に丸投げというスタイルだ。
「まず全ての従業員に商会が直接、給与を保証する代わりに雇用の是非は商会側が判断します。」
どういうことだと尋ねるラカポシさんに説明する。
「現状では工房長が収入を増やしたければ工員を減らすか、少数の状態を維持したまま仕事量を増やすかしなければいけません。これでは後進が育ちませんし、何より工房長が勝手に雇ったり辞めさせるので商会側で人事管理が出来ません。なので全ての工員、従業員をウチの商会の下で管理します。」
ラカポシさんの様な中堅職人が現場から抜けてしまうと業務に支障が出てしまうのは仕方が無いし、ラカポシさんは下に2人も職人を育てておいてくれたお陰で被害は最小限ですんでいる。
けれど他の工房は職人は単独か工員は居ても1人だ。後進を育てやすい環境は将来的に商会にも工員たちのためにもなる。
それに人事管理を商会で管理しておきたい。今後、新たな工員を増やす上で危険人物や間諜の類は注意するべきだ。
「次に事業の改変についてですが、まず染色がウチの工房の独占市場である環境を止めます。」
これにはレナさんとラカポシさんはポカンとした顔をしている。ドニエプルさんは表情を変えずに私の言葉の続きを待っているようだ。ちなみにマレーさんはさっきからずっと難しい顔をしているけれどあれはきっと「自分には、よく解らない話をしているな」と思っている顔だ。
「えっ?現状で独占できているからこそ利益が見込まれているのにそれを自ら捨てるということですか?」
堪りかねたのだろう。今まで話しを聞いているだけに徹していたレナさんが初めて発言する。
「染色は現状ではウチが独占していますが、それも今だけの話です。先ほどドニエプルさんが言っていた通り、既に草木染の手法は一般に広まりつつありますし、他の商会が参入してくるのも時間の問題です。ハンジールの様に裏から手を回して邪魔をするつもりも私には有りません。」
特に生地や服飾を扱う商会は早期に参入してくるだろう。生地商会は自前で染色できればウチを通す必要はなくなって直接服飾商会と取引ができるようになるし、服飾商会ウチから色付きの生地を購入するよりも自前で調達できればそれだけで利益増となる。むしろ組合規模で参入してくる可能性もありえる。
「それでも、ウチからあえて独占市場をやめるというのは、どういうことだい?」
「他の商会に売るんですよ。ウチの技術を。」
新年、明けましておめでとう御座います。今年もよろしくお願いします。
引き続き商会のお話。商いの最中はマレーさんは空気です。
ちょっと短くてすみません。話の続きは今日中にアップします。




