新しい生活 四
棟から訓練場に続く通路を歩いていると見知った顔をみつける。
「…レナさん?」
「ナイルか?久しぶりだな。」
おっとり系の見た目に騎士口調が似合わない女性騎士レナさんは、私が初めて騎士団に召喚された時に案内してくれた騎士さんだ。南門襲撃事案に出ていた騎士の生き残りで、倒れた私を介抱してくれた人でもある。
私が公開実験で木箱を粉々にしてしまった時以来だから最後に会った時から5ヶ月ぶりくらいになる。
「お久しぶりですレナさん。5月ぶりくらいでしょうか?」
「ああ、訳あって暫く騎士団を離れていてな。今日戻って来たところなのだ。ナイルはまた召喚かれたのか?」
「いえ、今は状況が違いまして…」
私はこれまでのあらましをレナさんに話した。勿論、商会などの裏話を除いてだが。
「そんなことが…それは難儀だったな。しかし、それでユーコンが君の話を聞きたがっていたのか。」
最近よく耳にする名前だった。彼は裁判後もちょくちょく騎士団に顔を出しては私をからかってくる。むしろ、私が工房に赴いた時にユーコンさんが居たこともあった。「執行官としてちゃんと強制労働の任を果たしているか見に来た。」とか言っていたけれど本当かどうか疑わしい。
「ユーコンさんとお知り合いなんですか?」
「私が騎士団を離れていたのは、ある職位を修めるためだったんだが、その講師の一人だったんだ。ナイルこそ何故ユーコンを?」
ユーコンさんはこの国の騎士で執行官だ。と言うことは、レナさんが修学していたというのは執行官としての研修みたいなものだろう。
「誘拐事件の裁判の執行官がユーコンさんだったのですよ。」
「そういうことか。てっきり彼が君について調べていたのは、襲撃事件の事についてだと思っていたのだが違ったか。」
そういえば裁判の時に事前に私のことを知っている様子だった。確かに裁罪を下す立場としては両方の素性を知っておく必要があるかもしれないけど、レナさんにまで話を聞いていたなんて思ってなかった。
「それで今日の講義は?」
「地理と歴史でした。午前中で終わって、今からかは別件で出かけなければならないのです。そのために私の警護に付いてくれているマレーさんを探してたのですけれど…」
「マレー…マレー=ウルソのことか?」
ウルソ?確かにそんな家名だったような…普段家名を使って呼ぶことはないし、私たち平民出身には家名がない者が多いので気にしていなかった。自信はなかったが私はたぶんそうだと肯定する。
「マレー=ウルソはイ国でも1、2を争う剣の腕の持ち主だぞ。それがナイルの護衛とは…」
えっ、マレーさんってそんなに凄い人だったの?
確かに体格は良いし強そうな雰囲気だけど、そんな凄い人だったとは…副団長の「君の性格を考慮した人選 」というのにすっかり騙されていた。まぁでもマレーさんは良い人だし、騙されて困ることはないのだけれど。
「…ナイル?」
またやってしまった。考え込む癖、直さないと…
「すみません。それでマレーさんはいつも訓練場にいるのでそちらに向かってたのです。」
「ああ、そうなのか。私も今日は別件があって騎士団には挨拶だけに参ったのだ。またの機会にゆっくり話すとしよう。」
私はレナさんと別れ訓練場に向かった。
「少し待ってくれ、ナイル嬢。」
最近マレーさんは私の名前を呼ぶのに嬢を付けるようになった。私に対しての話し方も最初の頃よりもっと丁寧になっているような気がする。おかげさまで服装にさえ気を付けておけば初対面で私を下町出身だと思う人はいない。少しむず痒いけれど。
マレーさんの周りは彼の訓練に付き合わされた者たちの屍累々だ。けれど、その本人はまだまだ余裕そうに見える。彼が身辺整理をしてる間、私は訓練場で待つ。
「今日はまた一段としごかれたみたいですね。」
「いやぁ今日は新参の奴もいたから俺らも張り切っちまってな。」
彼はドンノラさん。一般の騎士達のまとめ役らしい立場だ。私もここに3月も通っていると騎士団の内情にも詳しくなってくる。
この国の騎士団は騎士長、騎士官、その他一般の騎士という役からなる。役とは軍隊の階級というよりも役職に近くて上下関係こそあるもののそれは薄い。騎士は『王の兵』、つまり騎士団長とはこの国の王様のことで、団長以外は『従う兵』という認識だからだそうだ。因みに副団長は城都に居る騎士長の中から選ばれる。騎士官は剣や文に秀でた者や執行官等の職位を修めた者、騎士長はその騎士官の中で他者に推薦されて、それを王に認められた者だ。マレーさんは騎士官でドンノラさんは騎士長の一人だ。
ドンノラさんに限らず騎士団の人たちはみんな私に好意的に接してくれる。それは私個人の能力や性格からではなく、この幼い見た目のおかげが強いのだろうけど。
「確かに初めて見る方達もいらっしゃいますね。」
「まだ騎士に任命されてもいない見習いさ。文官志望だろうが何だろうがとりあえず最低限の武技は騎士として持っておかなければいけないからな。」
「…モウムリデス…」
苦しそうに息を切らせ仰向けに倒れている屍の一人が限界を口にする。
ドンノラさんの言うとおりだが、いきなり騎士団トップ級相手というのは少しかわいそうな気もする。
「待たせました。ではいきましょうか。」
「ええ、よろしくお願いしますね。」
マレーさんが戻ってくると先ほどまで屍…否、未だ倒れたまま立てない彼らがビクッと反応する。トラウマ化してるし…マレーさん、どれだけ彼らをシゴいたのだろうか…
流石に同情すると思って見習いの人たちに視線を送ると彼らも顔だけ動かして私を見ていた。その目には不思議さと好奇心。
騎士団トップ級の騎士が護衛に付く子供、どこのお嬢様かと思っているのだろう。
残念。私はちょっと変わってるだけの庶民です。
レナさん久しぶりに登場。思った以上に凄い人だったマレーさん。
次回は舞台は変わって商会です。
今年はこれで書き納めです。創作初めて3ヶ月、投稿を初めて半月。自分の筆の遅さが嫌になります。こんな拙い文章を読んでくれている皆さんには本当に感謝しかありません。初めて評価を頂いた時には小躍りしてしまいました。来年も引き続き頑張って書き続けますので少しでも楽しんで頂ければ幸いです。それでは良いお年を。




