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イ国の魔女  作者: ネコおす
第一部 イ国編
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新しい生活 三

コンコン…



「失礼しますっ!」


次の日の午後、午前で講義を終えた私は副団長の部屋に来ていた。


「当たり前のように私の居室に入ってくるな。せめて返事があってから戸を開けろ。…また調べものか?」


「すみません。でもこの部屋が1番書物が整ってるので調べ物したい時には便利なのですよ。」


最近は副団長との付き合い方にも慣れてきた。無愛想で神経質で仕事の虫なのだけれど、なんだかんだで甘い。


私は講義を終えるとよく副団長の執務室に来ていた。別練の蔵物庫にも書物はあるのだけれどあちらはどちらかというと物置の様な扱いになっているし、保管してある書物も古すぎて文字が読めないものや冊子の形をしていないものが多い。きちんと整理されていて冊子化されているこちらの方が使い勝手が良かった。


「まぁここは元々、蔵書だからな。私が調べものによく使っていたらここが私の執務室のように扱われだしただけだ。」


なんと、今まで副団長の執務室なのかと思っていたら違った。騎士団の公共の部屋に勝手に居座っているだけだった。


「じゃあ、良いじゃないですか。居座ってるのはヴォルガ様の方なのでしょう?」


「書物は高価なものだ。誰でも好き勝手に読んで良いものでは無い。本来、この部屋を使用するにも許可が必要なのだ。」


つまり副団長は蔵書の番人も兼ねてるのか。


「では、私は使えませんか?」


「…勝手に読め。調べたいことがあるのだろう。」



午前の講義は地理と歴史だった。



この世界は7つの国に分かれている。


最も新しい国、インラカスイ共和国

長き歴史で不滅の国、ロジェパ王国

流通の要にして最も活発な商業国家、ハクツイスラ王国

遊牧の民の国、ニーサクラット王国

武力で最多の国を統治する最大国家、ボグレー皇国

その地へは国の民しか辿り着けない幻の国、へルゼ国

始まりの地と言われる国、トゥトリビユ国


150年ほど前までは、もっと多くの国があったが滅んだり併合されたりを繰り返し、今の7カ国になった。特にボグレー国とニーサクラット国という西にある2国が大国である。

東側に位置する4国は同盟を組んでそれに対抗しているのが現状だ。私たちが住むインラカスイ共和国はその同盟の一国である。地理的には他の同盟国に囲まれ、国力的には最下位だがそれは国土の小ささ故。


インラカスイは元々ロジェパ王国の1領地で、40年前に王朝から独立した。

当時の王の嫡子には特に秀でた王子が2人いて、その1人が共和と民政の理念を持ち、当時のロジェパ王国から領地の一部を譲り受けてインラカスイ国を初代国王となった。戦もなくそれが許されたのは初代国王の人徳が成したことだ。


我が国は元はロジェパ王国の一領地でしかないから他国に比べて国土が小さい。しかし、水が豊富で土地は肥えており農耕には恵まれていて、現在では糧生産国として東国同盟を支えている。

10年前に建国以来の念願が叶い共和制に移行し今に至る。


7つの国は普段はその頭文字を取って呼ぶことが多く、インラカスイ共和国ならイ国、ロジェパ王国ならロ国と呼ぶ。



これが講義で習った内容だ。


だけど、これは表向きの話だと思う。書物などから過去の歴史を探ると真実が見えてくる。


実際は、領地を与えられた当時、隣国であるハ国は内乱で荒れていてた。それを警戒していたロ国の王は、隣接する領地をイ国の王に与え、緩衝材にしたのだと思う。

それと継承権を持つ者に秀でた者が複数いたら諍いの火種となる。故に初代イ国王の申し出は当時のロ国の王にとっても願ってもいないことだったのだろう。


また、糧生産国として同盟を支えると言ってもロ国は自給自足が出来ているし、ハ国は全ての国に跨ぐ貿易国、へ国とは直接の流通すらない。実際にイ国の食糧の最もたる取引相手は海を渡ったニ国である。


国の歴史というのは人伝では主観や都合で歪められて正確ではないことが多い。正確に知りたいのであれば当時の資料と数字を見るのが最も的確だ。



ついでに言うなら、こちらは噂話を聞きかじっただけの情報なのだけれど、共和制移行後、この国は農耕から重商路線に舵を切っているけれども上手くいっておらず経済は停滞状態にあるらしい。今のところ市場は安定しているけれど上層部には腐敗が広まりつつあるとのことだ。




「今日は地理と歴史だったか?」


「ええ。そうだヴォルガ様、質問なのですけれど鉄製は今から200年前に始まったのですよね?」


「そうだ。今のへ国とその周辺から始まったと言われている。」


「それは確かなのですか?」


「確かだ。ロ国の文献が元出だからな。」


ロ国は建国から300年と長い歴史をもつ国だ。建国頃から記録が残っているのなら200年ほど前と言うのも真実性は高いだろう。けれど私にはそれが腑に落ちなかった。




この国の建物は建国後に建てられたものもあるけれど、元々ロ国領地時代のものを流用しているものの方が多い。なので40年と浅い歴史なのに街の作りはそれなりに古い。


けれどこの国には昔から水車があり、石造りの建物は簡易なコンクリートのようなもので補強がされ、上下水も整っている。農耕には肥料が使われ、植物紙が作られ、書籍は油脂インクで書かれている。政治は国家という概念が出来上がっており治安と法が整備されていて人々には秩序がある。


どうにもバランスが悪い。文明の発展に対して生活面が恵まれすぎているのだ。


他にも不思議なのは人の倫理感だ。国家という概念があり平民も国の民だという認識があって、法が整備されて治安がある。あまつさえ君主制でなく民主共和制だ。鉄製が広まり始めてたった数百年で。別世界の記憶がある私には本来なら、もっと混沌としているものだと思う。


あっちの世界の歴史では大陸で統治国家という認識が登場したのは17世紀以降だ。それまで国とは王や貴族の領地のことでしかない。鉄製は紀元前に始まっていて、そこに至るまでに数千年を要している。


本来、軍事が先行し文明は後から付いてくるもの。軍事がなければ統治は出来ないから当然だ。共和制だって元は軍事が元だ。雇われの軍よりも愛国心のある国民軍の方が強かったから共和制が主流になって民主共和制になった。


なのに、この世界は生活面の文明は既に17世紀くらいの水準にあって、既に共和制という法治国家が存在する。その割に軍事面は未だ弓槍剣、街の衛士ではまだ青銅製の武器や道具が使われている。


勿論、この世界にも過去に戦があった。それこそ200年前は戦乱期で多数の国が乱立し滅んだり他国に吸収された。特に西側は酷く今の2大国体制になったは、遂50年程前のことで今でも不定期的に戦闘を繰り返しているらしい。普通ここまで戦闘状態が続けば武器や軍事の技術が発展するものだ。


この歪さを感じた最初は、宗教で統治されてるのかと思ったけれど、今のところ「自然や物に精霊が宿る」的な民俗的な信仰くらいしか話は聞かない。


文明は進歩と衰退を繰り返して発展する。そう考えればあっちの世界も、もしかしたら知らないだけで紀元前にそういった発展や認識があったのかもしれない。それでも私にはこの世界の文明が順当ではなく、一足二足飛ばしながら発展しているような、そんな違和感が…




「…ナイル……ナイルっ!」


「はいっ?」


「今日は昼から商会に行くんじゃなかったのか?」


「………ぁあ!」


そうだった。どうも最近、考え込む癖がついて、周りのことをすっかり忘れてしまう。もしかすると65年も誰とも話さず過ごした時間が影響しているのかもしれない。


私は副団長にお礼を述べるとそそくさと部屋を退室した。

外を出歩くためにはマレーさんに声をかけなければいけない。私は彼がいる訓練場に向かった。


やっと全ての国が登場しました。


次回は、引き続き舞台は騎士団でのお話。

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