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イ国の魔女  作者: ネコおす
第三部 ハ国編
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新しい日常 7



「ナイル?あんたがあのナイルか?」


「どのナイルかは解りかねますがヨベにはその名を伝えてもらえば理解できると思います。」


『あの』と言われても『どの』ナイルか不明だ。街とも接触が少ないとは聞いているが、せめて『ホシノ商会の』であって欲しい。


「カミニのヤツか…あー…十七番だったか。ちょっと待ってろ。」


彼は素直にヨベを呼んできてくれるようだ。立ち去る彼に少しホッとする。


ここはアグニン様達を狙った城都襲撃事件、その後に家や稼ぎ手を失った者たちに与えられた仮設で建てられた長屋練だ。街壁内の敷地内にすぐに建設のできる土地が無かったのでホシノ商会からイ国に返還という形で用意された土地だった。当時はあくまで仮設であり、彼らが自立できるようになるまでの仮の住まいという目的で建てられた集合住宅だ。


城都コルトーの土地はイ国の所有物であり、あくまで市民に共用されているという形を取っている。その借用代として土地の所有者は税を払う。代わりに下町のような集合住宅に住まう人は税を支払う必要がない。よって襲撃で焼けた土地もイ国が立て直すのだがロ国との戦の準備や他街からの流入者の増加により上手く復興が進まなかった。

そこにロ国との繋がりを疑われた者や追われた者たちまでもがこの地へと逃げ込むことになり、この仮設の長屋帯もいつの間にか徐々に増えていった。


ロ国との戦で戦い還った人たちには彼らが戦で稼いだカラと国からの恩賞を加えて遺族には支払われている。けれど単に戦の戦火に巻き込まれただけの人たちにはそれがない。結果として戦後も孤児や行き場の失った人たちの受け入れ地として更に長屋が増えた。そうして城都は下町でも食うに困るほどではない程度の街だったけれど、今ではこの地が城都唯一の名も無き貧民街となっている。


もちろん議会やアグニン様もこの状況を放置するつもりはなく住宅や施設等を新設する案はあるものの軍施設の建設や戦後のロ国の復興を目的に職人達は街を出ていて手が足りずに未だ予定は立っていない。住居を建てる木工職人は碑を造る職人とはまた専門が別なのだ。

ここは日当たりも悪く、整備も碌にされていない盆地。碑がある丘の上のように風通しも良くない。それは水路に近い方が住むには都合が良いという判断からだったけれど、自分たちの住む地のすぐ上にあんな上等な碑が優先的に建てば嫌味も湧いてくるものだろう。


ロ国関係で追われ、この地に居ついた者の中には軍顧問だった私に恨みを覚える人だっているかもしれない。少なくとも『お綺麗なおべべを着て護衛付きで呑気にやってくるガキ』を歓迎する人はこの土地にはいないのは確かであり、レナさんが警戒するのは当然のことだ。

こうして待っている今も表には人の姿は見えないけれど物陰からこちらの様子を窺う気配が複数ある。あまり居心地がよいものではない。


戦火に巻き込まれカミニ村を追われたヨベはウチの家には寄り付かなかった。一度だけ姿を見せたらしいけれど、お母さんたちの一緒に住むという案を断り、それ以降は姿を見せなかった。戦時の混乱とカミニ村の生き残りの女性たちは城都を後にした者もいて、ヨベの行方も不明となっていた。でも現状この貧民街に住まう人たちは国も状況を把握できていない地となっている。私のカンは正しかったらしい。


暫く待つと先ほどの男性が戻ってくる。しかし彼は一人だった。


「悪いが目当てのヤツはこの奥の長屋にいる。嬢ちゃん自ら出向いてやってくれねぇか?」


「彼女は私に会いたくない…ということでしょうか?」


「いや、そういう訳じゃねぇんだが、あそこは訳アリのヤツらだけの棟でよ。男は出入り出来ない決まりになってんだ。表に居たヤツに伝えはしてるが表には出てこねぇ。」


訳アリに男禁制の棟か。まぁこんなところなのだから同じ境遇の者たちで自衛するのは当然だろう。男性がついて来いと言うので私たちは長屋帯の奥へと歩みを進める。レナさんが自然と私との距離を縮める。路地にはゴミや汚物がところどころに放置され、臭いもキツイ。両端には廃材等でちぐはぐに組まれた長屋が連なっている。私が歩みを進めると進行方向にいた人影がサーと居なくなる。しかし、その視線は残ったままだ。殺気…とまではいかないけれど好意的な視線でない。


「ひでぇ惨状だろ?こんなのがイ国の城都にあるってんだからな。」


ポットの街壁外に広がっていた街並みを彷彿とさせる。イ国城都であるこのコルトーは国の城下、多少の治安の良し悪しはあるものの、こういった管理のされていない土地というのは今まで存在しなかった。


「嬢ちゃんは…いやナイル様って言ったの方がいいのか?国の英雄がこんなところに何の用だ。普通は嬢ちゃんのようなのが入って只で帰れるもんじゃねぇ。」


男の言葉にレナさんがピリリと反応する。それを感じ取ったのか男は言葉を続ける。


「いやいや待て。他のヤツはどうかしらねぇが俺は何かするつもりなんざねぇよ。騎士様が護衛ってのもあるが、俺は嬢ちゃんのとんでもねぇ強さを知ってるからな。」


「どういうことでしょう?」


「俺は兵の身を追われた輩さ。ロ国に親類がいた。そして荘園での事件の時俺も議堂にいたんから嬢ちゃんのことは知ってるのさ。」


最初に話しかけた人が公役を追われた人だったとは運が悪い。でも彼からは敵意のようなものを感じない。


「それはさぞ私を恨まれているのでしょうね。」


「恨みが全くねぇってなら嘘になる。が、ロ国関係者を非難する流れになったのは別に嬢ちゃんがいなくても状況は同じだっただろう。むしろあの場で議堂内まで襲撃されてたら俺も危なかったかも知れねぇ。」


意外だった。人は貧すれば鈍するものだ。こんな生活を強いられれば理不尽とわかっていても誰かを恨み荒むものだろうに。こういう人たちばかりなら本題も早いのだけれど…


「それに俺は買い出し役で街に出ることもある。ロ国との戦でのあんたが何やったか耳にしてるからな。命あっての物ダネだ。」


それはコルトーが戦場にならなかったことに対する感謝か、それとも魔女としての畏怖からによるものか。でも最後に男はこう付け足した。


「でもそれは俺はってだけだ。周りの輩がどうかは知らねぇ。用が済んだらさっさと帰ってくれ。」


そういって男はクイッと顎である長屋を示すと、さっさとその場を立ち去る。私はその後ろ姿に礼を述べると彼の示した長屋の入口へと足を進めた。


他の長屋にくらべると比較的清潔にされているような外見だった。入口には女性が3人、地べたに座って見定めるような目線をこちらへ向けている。その一人からは明らかな敵意を感じるけれど特に話しかけられることもないのでそのまま私は素通りして中に入るとそこには、建屋の広さに合わない人数、年齢もバラバラな女性たちがそこに居た。男性はいない。そして玄関口で待ち構えていた顔は…


「ヨベ…」


「会いに来てくれたんだね。ナイル。」


彼女は私の出迎えてくれた。…正直、会うのは避けられるのではないかという予感があった。それは彼女がウチの家を頼りにしなかった理由は彼女の経緯を知っている私が原因だったとではないか、そう思っていたからだ。でも今の彼女からはそんな気配は窺えない。

そして彼女にはもう一つ気になる点があった。


「ヨベ、そのお腹…」


「そうだね。どこから話そうか。」


そういうと彼女は部屋の端の方に進み、そこにあった壊れかけた長椅子に腰を降ろす。そしてその隣と手でトントンと叩いた。


「解ると思うけどもてなしたりする物はここにはないからね?」


「大丈夫だよ。私だって下町出自なんだし。」


彼女は座りながらお腹を庇うように手を当てる。


「私が送らせた品は届かなかったんだね…」


「ううん、ちゃんと届いたよ。あの時はまだ兵士さんたちが用意してくれた宿舎にいたしね。」


「えっ?でもだったら…」


私が送ったのは行為後避妊薬、つまり堕胎薬となるものとその使い方を記した書だった。私が『文萌楼』オンリタスで買い取った娼館でマサンクィンさんに用意してもらったものだ。あの時はヨベがどういう状況かわからなかったけれど、『もしも』のために輸送隊を通して彼女宛てに送っておいたのだ。


「効かなかった?」


「ううん、使ってないからね。」


「一応、書にも書いておいたけど多少は副作用があるけれど危険性は少ないって…もしかして読めなかったとか…」


「確かにあまり文字は読める方じゃないけどナイルが解りやすい文で書いててくれたし、解らないところは兵士さんが教えてくれたよ。でもね、私の意思で使わなかったの。」


少し間が開く。私は繋ぐ言葉を探していた。でもそんな私をよそに彼女はそのまま話を続けた。


「確かにあんな状況で、この子の父親なんて解らない。むしろ誰であっても殺してやりたいってすら思う。…けれどこの子には罪はないよね。あの時はまだこの子のことは解らなかったけれど、もし妊娠していたらあのお薬を使うってことは私がこの子を殺しちゃうってことだなって考えたら使えなくなっちゃった。」


…彼女を優しくて気丈だなと思った。でもそれは現実的には難しい話だ。この世界で正直、子供を育てるのはあっちの世界よりはるかに難しい。家族が居て、それも祖父母など複数人が居て初めて成り立つものだ。家族という群れから離れてしまえば、その難易度は倍以上に跳ね上がる。ウチはお父さんとお母さんだけだったけれど、それはお父さんが衛士で下町ではそれなりの立ち位置で顔も広かったからだ。普通は庶民が親二人で育てるなんて無謀に等しい行為だった。片親なんて当然…


私は難しい顔をしていたのだろう。ヨベは私が言葉にしなくてもその意を汲み取ったようだ。


「言いたいことはわかるわ。当然、妊娠に気づいた時、兵士さんからも同じことを言われた。でもね、私はどうしてもできなかった。だから宿舎を抜け出したの。そして行き場のなかった私はここに辿り着いた。」


「でもだったら猶更こんなところじゃ…」


「そうでもないの。」


私の言葉が言い切る前に彼女は言葉を重ねて遮った。


「ここにいる人達はね、大小違いはあれど経緯は似た者同士が集まった場所なの。」


そう言って興味の無いかのようにそっぽを向いているようで、私たちの話にしっかり聞き耳を立てている女性陣に視線を向ける。


「そこのダヅさんは何人もの子を取り上げたことのある産婆さんなの。そして子育て経験のある人も何人もいる。」


幾人かのピンと立った耳やしっぽが少しピクリと反応した。きっと彼女たちのことだろう。


「それに腕っぷしの立つ人もいるからこの棟に下手に手をだそうなんて男の人はいないわ。ここに居れば関わることは無いし…正直、男の人がいると震えが止まらなくなるから。」


多かれ少なかれこの棟にいる女性たちは彼女の境遇と近しい経緯の人や理解がある人たちが寄り集まったということか。確かにこれだけの集団で暮らしていれば子の一人育てるのは無理ではないだろう。ティグリスも少し違うけれど似たような環境で育ったはずだ。


でもここは…


否定しようとする言葉が頭に浮かぶけれど私はそれを口にはしなかった。


「そっか…ヨベがそう決めたのであれば仕方がないね。」


「ごめんね。でもナイルの家の人に迷惑もかけたくなかったし、同情もされたくなかった。本当はね、今はまだ整理できてないの。でもここなら事情を話す必要なんてないから。」


「ごめん、私が話させちゃったね。」


「ううん、きっといつかは誰かに話さなくちゃいけこともあるだろうし、ナイルは元々事情を知ってるから。」


本当はウチで一緒に住むように話を進めたかった。仕事に困っているのなら商会の系列店を紹介しても良かった。でも今の彼女はそれどころじゃないだろう。


ここは衛生面の心配がある。食の融通はどうしてるのか、体調を崩したらどうしているのかなんて沢山の質問や否定的な考えが脳裏に浮かぶ。けれどきっと今は私が言っても無意味だ。

だから私ができるのは…


私は椅子から立ち上がり、入口にたむろっている女性の一人に話しかける。


「申し訳ありませんが人を集めてもらえませんか?」


「あ?なんだいきなり…」


「ホシノ商会の代表としてこの土地の人たちに商談があって来たのですよ。集めてもらいませんか?」


「商談?ガキが。なんで俺が…」


有無を言わせず軽く威嚇の殺気を飛ばす。この棟の『腕っぷしのある人』っていうのはこの入口に居座ってる人達のことだろう。力量差くらいは感じ取れるはずだ。


「っ!?……チッ、どんくらいだ。」


「多ければ多いほど。出来ればここで有力の人は全てです。」


少し青くなった表情でブツブツとクダを巻きながらも長屋を出ていく彼女、入口には2人が残る。一人からは今も私に対して敵意が向けられているが、先程のは彼女へのけん制にもなったはずだ。いらぬ争いは起こしたくない。レナさんが彼女の前に進み出ようとしたところを制する。


「…ナイル、何をする気なの?」


ヨベが少し心配そうに尋ねる。


「ごめん、本当はヨベがここに居るかは予想でしか無かったの。ヨベの事情も解ったし、だからここからは本題を済ませるね。」




…………

………

……




狭い路地の周りにガヤガヤと人だかりができる。ざっと見ても60名以上、奥から様子を窺う人たちを含めればその倍の人数は居そうだ。人口密集の高い城都でもここは特段に高い状態のようだ。


私はその中央に歩み出る。ガヤガヤとしていた空気が一瞬止まる。


「なんだ、あのホシノ商会の代表が商談があるなんて言うから来てみればこのガキか?ここはガキが散歩で来るようなところじゃねぇぞ。」


集団の中でも中央にいた男が最初に声を出す。それに合わせ嘲る笑いが起こる。雰囲気から察するに彼はこの貧民街の中枢人物の一人なのだろう。私は彼の目から視線を外さない。


「…貴方、スース商会の元に居た方ですよね。見たことがあります。」


「な!?…だったらどうした?」


「いえ、多少は商談の知を持った方がいることに安堵しているのですよ。」


確かスースの元で荷物運びをしていたのを見たことが何度かある。スース商会の解体時に主用人物欄に出てなかったのでそれほど重用される立場でも無かったのだろうけれど。


「商談だぁ?ガキはガキ同士で遊んでりゃ良かったのによ。こんなところに遊に来て冗談で済む訳ないだろう。教育がなってねぇな。それともホシノ商会ってのはガキを採用ほど人が足りてねぇのか?」


そして嘲笑う。うーん、無駄口が多い。それに”わんぱたーん”だ…

すると誰かが私に向かって投げたのだろう飛んできたゴミをレナさんが瞬時に切り落とす。


キンッ


切り落とし落ちると同時か、それよりも速く、レナさんは剣を納める。その音で辺りは静かになった。

私は溜息を吐いて言葉を続けた。


すみません、かなり間が開いてしましました…物語1日分を書くのにどれだけ時間をかけてるのかっと嘆きたくなります。直書してるので誤字脱字があったらゴメンナサイですorz


長屋については昭和日本にもあったバラックをイメージしてください。次回からはこの辺のお話も終わらせて商会の話まで書いて本題に入る予定です。次話は今月中には書いてしまいたい…

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