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イ国の魔女  作者: ネコおす
第二部 ロ国編
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ロ国一の騎士 三

「それでは合図と共にあちらに見える山まで行き、折り返し先に戻ってきた者が勝者です。宜しいですね?」


「よいだろう!」


「…」


私が示した山までは優に10キロはあるだろう。どんなに早くとも往復1時間以上はかかるだろう。


どちらが疾く、胆力が優れているかを競うために長距離走を提案、それをムクート王子は受け入れ今に至る。


「では、お二人共いいですね?」


出発の合図は私。並行にならぶ二人の間に立つ。


私はマレーさんの目を見る。たぶんマレーさんは私の意図に気づいているのだろう。言葉には出さないけれど『本当にやるのですか?』と避難するような目だ。それに私はコクリと頷く。


ロ国の騎士たちは突然の出来事にも関わらず『競う』ということに興奮しているのかムクート王子を応援と歓声で鼓舞する。対してイ国の面々は思いもしない状況に皆、ポカーンとした顔をしていた。


「それでは始めます…………よおい…はじめっ!」


ドンッ!



『ぬおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………』



合図とともに蹴り上げた砂煙が舞う。もの凄い勢いで駆け出したムクート王子の姿と雄叫びが遠のいていき、やがて見えなくなった。


そしてマレーさんは残ったままだ。マレーさんには珍しく困惑ぎみの声で私を非難するかのように話しかける。


「ナイル嬢…これはあんまりにも…」


「良いのですよ。戦において擬装、欺騙、騙し討ちなんてあって当然。まさかあれほど騙されやすいと確かにちょっと申し訳なくも思いますけれど。」


たぶん今、現状で状況を理解しているのは私とマレーさんだけだ。イ国もロ国も両軍とも何が起こったのかよく解っていない。誰も声をあげず、呆然と見えなくなったムクート王子の行方とマレーさんを見比べている。そんな状況を尻目に私は兵たちに向かって指示を出す。


「テッポウ隊、構えっ!」


何が起こったのか解らず呆然としていたテッポウ隊が突然の大声で指示され慌ててジュウを構える。私が何をしたのか一早く気がついたのか、ヴォルガ様も慌てて通信兵に指示を出す。高台の上の弓兵たちも一斉に弓を構えた。


ロ国の騎士たちはポカーンとした顔をしつつ、少しづつ何が起こったのか理解し始めたようだ。


「ま、まさか…貴様ら謀ったのかっ!!」


「戦において軍略、策謀は当然。現場指揮官ならまだしも将自ら騙されるなどあってはならないでしょう。」


「…なんと卑怯な!だが、我が第一騎士団の力をな…」



「一斉射、撃てっ!!」



私の号令と共に一斉にジュウが火を吹く。



「「「ぬああああああぁぁぁぁ!!!」」」」



相手はジュウの特性など知る由もない。突然の攻撃に何が起こったのかも解らず敵勢は混乱する。同時に空からは放たれた大量の矢が襲いかかり、全身鎧どころか胸当てさえない彼らには効果絶大だ。


一糸乱れず整列していた敵騎士たちが一斉に散開するけれど、逃げ場のない者から次々に倒れゆく。それでもすぐに空に還らないのはその鍛えられし肉体のお陰なのだろうか。イズニェーネでさえ数発の銃弾で倒せるのに…


飛び交う銃弾と矢の雨の中、それでも前へと吶喊を敢行する騎士もいるけれど所詮は各個によるもの、当然前衛の騎士に防がれ、周囲の兵たちの槍によって撃破されていく。


何人かが鬼のような形相で私めがけて突進してくるけれど、それはマレーさんがあっさりと撃退してくれる。私は倒れても空に還らない者たちに容赦なく、頭上から鎌を落とす。因みにユーコンさんの出番はない。


数で負け、予想外の出来事と想定外の武器、焦りと怒りに飲まれ指揮官も不在。流石の精強な騎士たちでもこんなものだろう。十分も経たず戦況は落ち着いてきた。


残るは後方にいる5000の兵、でもあの軍勢に騎士はいない。騎士がいればこの状況を傍観しているなんてありえないだろう。そして彼らを指揮する本営は落ちた。今の彼らの心情は予想できる。それはヴォルガ様も一緒だった。


「そのまま全軍前進だ!!前衛は先行しろ!後方部隊も含めてだ、遅れるな!」


前進の号令となる土笛が鳴る。このような状況下であれば音が最も早い伝達手段だ。もちろん別働隊には電信によって連絡も入れられる。そのまま前進と同時に撤収作業、通信兵は忙しそうだった。


正規兵よりもその殆どが傭兵で編成されたロ国軍。御旗を落とされ、尖鋭の騎士も失い、そんな状況で対抗する意思を保てる者が何人いるのか。案の定、距離が500を切った時点で敵布陣に動きがあった。先程まで整然としていた布陣が散り散りに後方へと退いていく様子が確認できた。


前衛にいた者たちは後ろが退くまで退く事が出来ない。結果、統制も執れなくなり、混乱状態となったロ国軍にイ国軍は襲いかかる。深追いはせずあくまで討てる者だけを討つ、弓兵が追いついたことで逃走を試みる後方への攻撃も開始される。この場に残っている彼らにはもう逃げ場は残っていなかった。




……


「追撃はもういい。それよりも斥候を出せ。進軍するぞ。」


ヴォルガ様やドンノラさんの声が戦場跡に響き渡る。中途半端に生き残った敵兵にとどめを刺し、先の経路上で伏兵などがいないかを確認する。私が言うのもなんだけれど事が済んだのであれば、この現場は離れたほうが良いだろう。


戦闘状況が終わり、行軍のそれへと編成を変えつつ被害報告や戦果掌握が実施される。私は気がつくと本営とともに行動を共にしていた。互いに予想していない状況から始まった戦闘も落ち着き、会話をする余裕も出てくる。


「ナイル…あれはあんまりではないか?」


「マレーさんにも言いましたが戦なのですから嘘偽りは当然ですよ。それにあくまでアレは私が謀ったこと。ニメレン様がご指示したものではありませんから、それは見ていた兵たちも重々承知しているかと。」


人によっては卑怯と罵られそうな策謀だけれど、状況から私がやったことは明白だ。これであればニメレン様に迷惑がかかることもない。


「これで兵の被害が最小で済むなら安いものですよ。」


「それはそうなのだが…」


私は今はニメレン様の護衛付き戻ったマレーさんへと話しかける。


「マレーさんすみません。騎士同士の決闘に水を差してしまいましたね。」


「…いえ、確かに困惑はしましたし私自身、ムクート王子との闘いに昂るものがありましたが今は戦の最中。事実、被害は最小限に済みました。」


そういうマレーさんは言葉とは裏腹に少し寂しそうな表情だった。


…失望させただろうか?そもそもマレーさんは私の事を買い被りすぎなのだけれど。


もし、あそこでマレーさんが勝利してムクート王子を討ったとしても、それが戦況の収束に繋がったかは定かではない。だってあの闘いはたぶんどちらかが死ぬまで続いただろう。御旗を失った騎士や兵がそのままその約束を守る保証なんてない。彼らが降伏したところで進行中の敵地で自軍以上の兵を捕虜にする訳にもいかないし、生きて返せばまた敵兵となるだけだ。


私にとって勝つために考えうる最も最適な方法を選択するのは当然のことだ。私たちが矜持や見栄で戦って負けて後悔しなくても、その事実を受けるのはイ国に残る人たちなのだ。そうなるくらいなら例え胸が張れなくてもいいし、誹りくらいはいくらでも受けるつもりだ。


でもまぁ正直、こんな馬鹿な方法が成功するとは思ってなかった。


「…前々から思ってたけれど悪役の才能があるよな。」


「悪役結構。それくらいで戦に勝てるなら粛々と受け入れますよ。そもそも私のような弱者は小賢しさくらいしか武器はありませんから。」


「はっ、よく言う。」


ユーコンさんは飄々としたいつもの感じで話す。私の戦いはいつも正面からするものじゃない。入念に準備をして隠れ、相手の意表を突き、隙を狙い仕掛け、時には謀る。それを知っているユーコンさんには今更だろう。


…ムクート王子は本当に山まで走っていってしまったのだろうか?途中で気づいたならもう帰ってきてもいい頃だと思うけれど彼の姿は未だ見えない。



可哀想だけれど帰ってきても面倒なことになるだけだろう。今は彼が帰ってくるより先に先へ進んだ方が良さそうだった。


「そんな馬鹿な奴がいるか!」と思った方、でもムクートは残念ながらダチョウなのです。強靭な肉体を得るとともに大切なものを引き換えにした…それがダチョウ…


ナイルの騙し討ちにニメレンもちょっとだけドン引いてます。

この日を境に魔女と言う名の印象が名誉から畏怖へと変っていくのですがナイルがそのことを知る由はありません。


これでムクートとの戦いは終わり…とはいきません。次回も続きます。

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