危機 二
日は降り始めているが、まだ夕暮れと言うには早い時間だった。私たちは騎士団から自宅へと帰っていた。護衛のマレーさんも一緒だ。
「お父さんごめんね。」
「どうしたんだ急に?」
お父さんは呆気に取られている。勿論、私が謝ったのは私の行動で家族を危険な状況に陥らせてしまったことだ。
副団長に警告された時、正直にいって私はまだ楽観的に見ていた。「危険がある」そう言われても今まで何も起こらなかったし、今回も何も起こらないだろう、起こってもなんとかなるだろうと考えていた。
しかし、私との話を終えた副団長は今度はお父さんやマレーさんを含めて今後の対処について話し合いを始めた。内容は、新居への移住の日程や私が家から出る時や1人になる時の要領などについてだった。前回までの時とは違って具体的な話を聞いているうちに私は思っているよりも重大な誤りをしたんじゃないかって思えてきたのだ。
「私がもう少し考えてミーナやお母さんに口止めしておけば良かったかも…そもそも、生地の染め方なんて教えなければこんなことにはならなかった…」
お父さんは歩く足を止めて、私の前に膝を落とすと目線を合わせて語りかける。
「ナイルは家族のためを思って生地の染め方を教えてくれたんだろう?それに下町や人々のためになると思って広めるのも良いと思った。それのどこが悪い事なんだ。その結果、誰かの恨みを買ってしまったとしてもそれは仕方のないことだし、もしそれで危害を加えらたとしても、それはナイルのせいじゃない。危害を加える奴が悪いんだ。だからナイルは気にする必要はない。」
お父さんはそう言いながら私の肩に手をそえる。
「大丈夫だ。危ないことからはお父さんが守ってやるから。」
「そうだ。君が気に病むことはない。それに私だって付いているのだからな。」
「うん…」
お父さんとマレーさんはそう言って私を励ましてくれる。けれど私自身は釈然としていない。
だって私には、この結果を予想することもできたはずなのだ。その知識や経験もある。それなのにこういう状況になったのは、私がこの世界について無知だったから。私が得意気になって、浮かれて、安易な行動をとったから。
その結果、1番優先する自身と家族の安全を脅かす事態になってしまったのだ。
例えあっちの世界の知識や経験があっても、私は所詮9歳の子供でしかない。家族はおろか自分1人でさえ守る力も術も持ち合わせていない。あるのは偶然手に入れた人脈が少しばかりだ。
私は自己嫌悪に落ち入りながらトボトボと帰路を歩く。お父さんはなんとか私を励まそうとし、マレーさんはそんなお父さんをフォローしつつ周囲への警戒は怠らない。帰路も半分を越えた、そんな時だった。
正面からウマが引く荷車がくる。この世界のウマはあっちの世界の馬と外見は少し違う。でも草食で人に懐きやすく、騎乗できる程度に扱い易いという点では馬と変わりない。騎士団にもウマは飼われて居るけれど、このウマはそれよりも幾分も体格が劣っている。ポニーみたいなものか。
私たちは荷車を避けるため道の端に寄る。そして、すれ違うその時、私の目にある物が目に入った。
「お父さんあの車を止めて。」
「え?」
お父さんは私の唐突な言葉に反応できない。私は自分が出せる全力でウマの前に回り込み行く手を阻んだ。慌ててお父さんも私の側に駆け寄ってくる。私たちが正面に立ったことでウマはその足を止めた。
「な、なんだオマエら?。」
ウマの手綱を持っている男たちは戸惑いと苛立ちを抑えるような素振りだ。荷車には前面に2、その後ろに1。3名とも男性。歳や雰囲気から奥に座る男が年長か。積荷には人を屈ませて入れるくらいの樽が3つ。一見武装しているようには見えないが、詳細は不明。
私はなるべく冷静を装って尋ねる。
「お兄さんその左腕につけているそれどこで手に入れたの?」
「あ?自分で作ったんだよ。最近は新しい染め方が流行っているだろう?」
そう言って男は腕を上げてみせる。
その手首にあるのは、私がミーナに送ったブレスレットと同じ色、同じ編み方だった。あのターコイズブルーの色は、何が原因か解らないけれど、その後に同じ素材で何度試してみても同じ色にはならなかったのだ。街で同じ色に染められた服も見たことがないし、編んだブレスレットなんて付けている人も見たことがない。
あくまで確率の話だ。だけど、同じ色の染料を偶然作り出し、この町で未だ一般的でない装飾品を同じ編み方で作って、それを売らずに自分で使う確率はゼロに近いと思う。
私が言わんとした事を感じ取ったのだろう。既にお父さんも臨戦態勢だった。
「私は騎士団の者だ。貴公等はどちらへ?」
マレーさんも私達の雰囲気を感じ取ったのだろう。公職の立場として男たちに質問をする。騎士団の名を聞いて男たちの顔に困惑の色が強くなる。
「俺たちはハンジール商会の者だ。急ぎで主の所に荷を運ぶ途中だから早く通してくれ。」
男はそう答えながら手綱を引き、先に行こうとする…が、お父さんとマレーさんがそれを止める。
マレーさんは私とお父さんの側を通って荷車の反対側に周る。すれ違いざまに「ハンジール商会は例の工房の主だ。」と小声で伝える。…黒だ。
「荷を拝見しても宜しいか?」
マレーさんが尋ねると2人には明らかに焦りの色が見える。男たちはゴネるが、こちらが荷を見せるまで絶対に通すつもりはないことを悟ると、覚悟を決めたような目をして1人が荷車から降りる。残った男が、奥に座る年長の男へ目配せを送るが彼は、俯きながら私たちをじっと見据えて黙したままだ。
車から降りた男の位置が私に近い。私は数歩後ろに退がり距離をとる。
「どうした。蓋を開けろ。」
男は樽を前にして動かない。
突然、馬車に残った男がウマを走らせようと手綱を強く引く。瞬時にマレーさんは抜刀、そのままウマと荷車の引縄を叩き切った。
「うらァーっ!」
それと同時に樽の前にいた男が私の方へ走ってくる。一直線に私に向かってくる男をお父さんが突進で防いでくれる。男は衝撃で近くの壁際まで吹っ飛んだ。
距離をとっておいて良かった。私が胸を撫で下ろしたその時、走り出そうとして引縄を切られた衝撃で荷台の樽が横に倒れる。倒れた樽の蓋が外れ中身が溢れ見えた。同時に私の頭に血が昇った。
「ミーナとお母さんに何をしたの?」
樽から溢れ見えているのはミーナだった。頬が少し赤くなっている。
―
尋ねたところで愚問か。輩が女性を拉致拘束する場面など、あっちの世界ではいくつも見たじゃないか。
「クソッ!っぅ…いっ?」
吹き飛ばされた男は逃げ出そうと起き上がって足を踏み出す。
その踏み出した足から金属が生えていた。正確には鋭い金属片が靴底から足の甲までずっぷりと貫通している。
「いてぇぇぁ、あ、足がぁっっ!!ひっ!?」
男が足を押さえて悶え苦しみながら、壁際に凭れる。その壁からも幾本の鋭利な金属片が生えて彼の首筋に掠る。
殺しはしない。もしお母さんが別に拘束されていた場合、情報源がなくなる。…いや、でも2人残ってるから別に1人くらいいいか。既にマレーさんが残りの2人を拘束していた。見せしめには丁度良い。
「答えなさい。ミーナとお母さんに何をした?」
「何もしてねぇ!俺たちはただ連れて来いと言われただけだ!本当だ何もしてねぇ!!」
…まぁこの手の輩は皆そう言うよね。この場で彼らが何を言っても最初から信じる気はないのに尋ねる私も馬鹿だ。私は黙ったまま、彼の頭上に向かって手を掲げた。男は息を呑む。
「ぶげっ」
その時、お父さんが男を首襟をつかんで立ち上がらせて殴り飛ばした。
男はそのまま伸びてしまったようだ。
「ナイル、そのくらいでいい。」
お父さんの声を聞いて私は我に返った。
「エミタもいる。意識はないが息はあるようだ。」
お母さんも別の樽に入っていたみたいだ。私が男を尋問している間に2人の安否を確認したのだろう。
「ミーナ!お母さん!」
私は樽の中で眠る2人の元に駆け寄る。
誰かが衛士に通報してくれたのだろう。騒ぎを聞きつけた衛士たちが集まってくる。
「3名とも騎士団まで同行して貰おうか。事情はそちらで聴く。そちらのご婦人方も騎士団で看よう。ゲイル、ナイルも一緒に良いか?」
男たちは拘束され連行される。私たちも一緒に騎士練へ戻る事になった。
楽観していたナイルは、思ってたよりも深刻な状況なのに気がついてナイーブに。でも、そんな状態でも周囲の違和感は見逃しませんでした。
次回は場所は騎士団に戻ってそのまま続きます。




