亡霊に取り憑かれた私
スマホから鳴り響くコールが小夜を夢から現実世界へと呼んでいる。ダルいからだをムクリと起こすとため息を着きながら液晶へと視線を移した。ずっと寝ていたせいか頭が痛い。睡眠薬が体に残っているのも原因かもしれない。
「めんどくさ」
外行き用の顔を作るのは酷く疲れる。精神的に負担が大きいからだ。自分の考えを出さないように偽りの中で生きてきた小夜にとってはそれが当たり前なのだが、中々心がその現実を受け入れようとしない。
本当の自分から離れようとすればする程からみついてくる。まるで蛇のよう。
「……もしもし」
連絡をしたくない気持ちを抑えて、留守番に要件を伝えると、慌てたように切り替わった。
「久しぶりだね、元気かい?」
「ええ。そちらはどうですか?」
そこには互いが互いを探り合いながら言葉ゲームをしている二人がいる。表で交渉せずとも言い回しで伝える事が出来る。だからこそそこに本音は必要なかった。
小夜は髪をかきあげると獲物を仕留めるような瞳で鏡に映る自分を睨んだ。1番醜いのは自分だと伝えているみたいに。
「貴方にはお世話になりました。いつかお礼がしたいのですがご都合よろしいでしょうか?」
「私は退いた人間。今更話し合う必要はないと思うがね。君次第だが」
「……また連絡します」
「待っているよ。よろしく伝えてくれ」
互いに笑うと電話を切った。ギリッと噛み締めると机に置いていた水を飲み干し、力任せに鏡目掛けて叩きつけた。空のペットボトルは小さく悲鳴をあげると、床に吸い込まれていく。
「何がよろしくだ」
吐き捨てる言葉には殺意と憎悪が混ざり合いながら溶けていく。まるで捨てられた人間の念が小夜に取り付いているように。
「待ってろ」
覚悟は決めていたはずだった。あの人が表に出てしまった瞬間から。力のバランスを保つ為には彼等が裏に隠れて糸を引く黒幕でいる必要がある。そのナンバー3の奴が姿を出してしまったミスは上が罪状を課せ、スキャンダルへと変えていく。マスコミは一部の情報を材料にすると、後は検事達の仕事が始まる。
「この世は冷酷」
隠されていた小夜は自由を手にしたが、過去の後始末の為に自ら裏切り者になる道を歩いている。そして自分の作品の中にバラバラに情報を潜り込ませ、その時を待つ。
自分も使える鍵を持っているのにそれは使わず、復讐の為に、自分の精算の為に動くしかない。知りたくないものを見て、壊れた人間達を目の当たりにしたあの時の光景がゆらゆらと視界に住み着いて離れてはくれなかった。