呪符
ガツンガツン──
夢で見た美作は私が知っている彼の姿とはかけ離れていた。瞳は虚ろに揺らぎを作り出しながら、まるで操られた人形のように無機質に動いている。口元を汚しているのは酸化し黒くなった血そのもの。ふんわりと香る土の匂いが鼻を刺激すると、私の瞳から感情が溢れていく。表に出す事のなかった痛みが涙を誘発し、抑える事が出来なくなっていく。止めようとすればする程、地面を濡らしていく。導かれるように視線を足元に落とすと自分の涙がじんわりと地の一部になり、混ざっていく。
ゴポッと口から垂れ流している血潮が私達の体に混ざって、彼は私になっていく──
「ゲホッゲホ……ヒュ」
咳がとまったかと思うと、次は息苦しい。喉に詰まりものがあるような違和感がして、吐き気を誘発しようとしている。癖になってしまったこの違和感から逃れようとしていた昔の自分は諦める事で言い聞かせている。
自分は悪くない、環境が悪かったと──
あの時の美作の姿が頭から離れる事はなかった。何度も掻き毟るように消しても、繰り返し記憶の一部として脳裏に焼き付いている。
「……小夜、私を」
カチャと刃先と指輪が擦れ音が響く。声を出す代わりに沈黙の中で揺らぐ炎と彼の頷きで何を求めているのか理解してしまう自分が哀れに思えた。
自分がやらないといけないのは分かるが、触れた指先がカタカタと震えている。自分の身を守る為に、美作の想いを叶える為に。
毒はじんわりと彼を縛って離すことはない。戸惑う私と彼を掴んでいるのは紛れもない死の香り。解毒剤さえあればどうにかなったのかもしれない。こんな苦しみを感じる事なんてなかっただろう。
「小夜」
「……出来ないよ」
「……やるんだ」
「っ……」
涙が溢れ続ける。私は彼の願いを叶える為に人を捨て、鬼と変化した瞬間だった。特注で作られた肉包丁を腕につきたて、ゆっくりとノコギリのように動かし、切っていく。ギュッと握られた呪符がゆっくりと血を吸い始めると、美作の頬が痩せこけ、全ての生気を吸い終わる頃には彼の皮膚も肉も最初からなかったように、無造作に骨だけがそこに捨てられた。
ゴウゴウ唸る炎の中で私に手を振り、すっと煙に巻かれて消えていく。勢いがあった火がプスプスと壊れた機械のように途絶えると、そこには瓦礫だけがほんのりと祀られた。
「私がするつもりだったのに……どうして」
助からないと分かっていたから私の代わりにしただけ。間違えられて毒を飲んでしまった美作には、全て分かっていたのだろう。
炎の海は私達の願いを受け止めると、また獲物を探すように揺らめいている。握られた呪符が示す人物の元へと流れていった。