美作との約束
『こうやって話すのは十年ぶりか。小夜。どうだ? 遊びは上手く言っているか?』
故人はそう囁きながら私の生き方を見ているようだった。柔らかい雰囲気の中に冷酷な風が吹き荒れる。それがまた心地よくて、本当の自分に戻っていくようだった。悪意を吸い続けた体は枠に収まり切れずに零れる。そこから逃げるように、自分から記憶を消滅させた。あの時の事を全て思い出した訳ではない。
「皆、言うてましたよ。本当に面白い『忘れたままの方が生きれる』なんてざれた事を。私がいつあれを思い出すのかと震えていたのかもしれませんね」
年齢を重ねた私はタバコを吹かしながら、暗闇にそう返答した。誰もいない、だが全てはわたしの心の中で、記憶の中で生きていたのだ。それに気づかず、怯えていたなんて面白すぎる、傑作ではないか。
『言葉遊びは楽しいか?』
「ええ。貴方の指図通りに事を運んでいますよ。奪われた二年間は、美作、貴方とカグラに対する記憶だったようです」
私の言葉の意味を知っている美作は高笑いしながら、同じたばこを吹かす。それはとてつもなく冷たくて『死』の匂いのする味だった。
『綺麗事を聞き続けた結果がコレか。あのばあさんもさぞ可哀そうに。仕方ない、こうなる土台を作ったのは奴らなんだからな。後二年、それで清算させろ』
「分かっていますよ、美作」
『もう一人の兄を呼び捨てするとはいい度胸だな。母さんもそれを望んでいる、小夜、お前は私達の希望であり、絶望なのだから──』
余計なものは捨て去って欲しかったのだろう。私がどちら側についているかを理解していた奴らにとって二人の存在は邪魔で仕方なかった。だからこそ、記憶をすり替えた。仲のよかった男性が目の前でトラックに命を奪われた『あの記憶』も、私を捨てる事しか出来なかった『あの記憶』も。全ては『洗脳』が作り出した『すり替えた記憶』、作られたものだった。
復讐なんてそんな甘いものじゃない。清算を払うのには覚悟と命をかける事が前提なのだから、それを阻止する為に、育ての親を狂わすように仕向けただけの事だった。私の背中にはいつも二人の影があった。何度も、何度も、思い出すようにと促していたのだ。
『女に生まれた事を後悔しているか?』
「あの時は……ね。だけど使えるものは何でも使う、じゃないと『私達の計画』は成功しないから」
はっきり言い切る私の姿を見つめる瞳は憂いを持っている。
『叔父も子供のお前に目をつけるなんて、な。あの家を生かすのもコロスのもお前の存在次第なんだろうな』
「そうだろうね、だから『思い出さなくていい』と言ったんだろう。美作に似ている私に期待していたのも一つの事実なんだろうな」
ゲラゲラ笑う私達は、まるで昔に戻ったように遊んでいる。美作に教えてもらった言葉の紡ぎ方を使いながら、全ての闇を跳ね返して、私達を地獄に落した奴ら自体が生き地獄を選ぶように──
『私は兄だろ、呼び捨ては酷いだろう──小夜』