tear up the claw marks
夜は嫌いだ──
朧月がゆうを照らしている。自分の記憶ではない異質な物が彼女の心を掴んで離すことはなかった。揺らいだ意識は空から地上へと突き落とされる衝撃と似ている。見えない重圧が体を縛りながら、自由を奪われていく。
どれが「現実」で「夢」なのか分からなくなったゆうは見たくもない1人の女を見ている。上がらない腕を伸ばそうとしても「彼女」に届く事はないのに──
「ああー僕は知って……」
彼女は微笑みながら悪魔の言葉を囁き、ゆうの中の獣を引き出すきっかけを作り出す。ゆう自身も彼女が何を言っているのか聞き取る事は出来ない。勿論彼女を管理している道化師にとっても同じだ。
茶色い髪がゆうの顔に近づくと吐息を受ける。ごにょごにょと人間の言葉とは程遠い呪を吐きながら、現実に影響を与える歪みと化した。
トクン トクン
2つの心臓がリンクしながら混ざりあっていく。その感覚に戸惑いながらも何故か懐かしさを感じている。生まれる前から一緒にいたような安心感と匂いを残して「彼女」はゆうの瞼を優しく閉じるとかけていたメガネをライトの近くへ置き土産をし、去っていく。
「おやすみ、私の可愛いゆう」
トントンとスマホを弄ると、彼女はゆうへメッセージを残した。血を分けた青と赤の存在は、同じ事を繰り返しながら、一方を吸収し、支配していくのだろう。
その光景を知っているのは「RED」と「BLUE」以外にいないはずだった……
『……可哀想な姉妹だこと』
壁に映し出された映像をまるで映画を楽しんでいるように笑いながら「RED」がゆうに近付く瞬間を見ていた。人間の言葉を残せば監視カメラを通じて残っしまうかもと考えて黄泉の言葉を使用していたのだ。それを知っているのは2人以外にも聞き取る事が出来る存在が身近にいるのに、「RED」は躊躇いもせず、使用した。
『ワザとこちらにも聞かせているのかしら? 小夜は性格悪いわね。そういう所も好きよ?』
欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる。
例え人間を狂わしてでも
その灯りが揺らぐ事になってでも
その「価値」があるのだから
『please live for me』
爪にこびり付いた「犠牲者」達の味を楽しみながらぷっつりと自らの舌を赤く染めていく。錆びた血の跡を塗りつぶすように鮮明な赤で塗られた爪は、これからの2人の地獄を表現しているように、笑っていた。