立場が違う『同類種』
貴方は私にとって特別な存在だ。性別が違うだけで求めるものは同じ。私は貴方が生きる道筋と光に満ちた道の選択を強いられていた。周囲の人達は綺麗事を並べながら、都合が悪くなるとすり寄ってくる偽善者ばかりの中で貴方の闇の輝きに魅入られてしまった。
交わる事のなかった私と貴方はあの男がきっかけとなり存在自体をお互いが認識出来るようになったのだ。もう十年以上の前の事が懐かしく、そしていい匂いがする。あの時の高揚感を思い出すと、自分の身体を切り刻んでしまいたい衝動に駆られてしまう。
「私も少しは成長しましたよ、貴方はあの男から聞いたでしょうね。今の環境の中で貴方の名前を久しぶりに聞きましたよ。本当に嬉しかったぁ」
ダーツの的に果物ナイフを投げつけると、ストンと軽い音が部屋中に響く。中心の的を得たナイフは今にもターゲットを求めている獣のよう。
「一度話したのに……寝ぼけていたのだから私ってダメですね。貴方の立場なら失礼な私なんて握り消せるでしょうに」
私はまだ甘い。的として人間を置く事をしていない私はまだ小物なのだろう。
ああ、いい匂いがする──
貴方の話を聞いていた私は、直観で自分と同類じゃないかと確信した。生きて来た中でこんなに興味を惹かれた存在はいない。表の体制は守るだろうが、それはルールに乗っ取っての事だと言うのは簡単に理解出来た。
『本当にいいのか?』
「勿論よ、あの子の記憶は私の欲しい者に直結しているから……ね。それより道化師は大丈夫なの? 8割が機械で出来ているとメンテナンスが大変でしょう?」
小夜は怪しい笑みを投げつけると、自分の両手についている血を舐め始めた。この味を知ったのは十代の頃だった。そこから誰かを始末すると、この癖が出るようになっていた。私は『極悪人』にも『善人』にもなれる。私を大切に想う人がいるのならば同じ量の愛を与えるし、私に憎悪を抱く者がいれば、それ以上の恐怖を与え、日常やその周りの人達に闇を侵食する事もある。用は匙加減だ。相手によってその割合を変える。その為に自分は中心になる訳にはいかないのだ。あえて『サポート』する立場を願うのは表裏の顔を上手く使え、尚且つ小夜が立てている計画を軸にする為の予行準備として複数のゲームを成立する事が出来る、ただそれだけ。
小夜の言葉のもう一つの意味を理解している道化師は返答に困りながら、どの選択肢が彼女にとっての正解なのかを考えた。こうやって甘い言葉とひっかけ問題を組み込みながら、相手を試す所がある。ある程度融通を利かしてくれるのだが、彼女の求める回答に遠ざかっている対応は、自分の身を亡ぼす事と同等の意味を持つのだ。
道化師はジッと彼女の目を見つめる。光に包まれているように見えて、本性を出しても問題のない相手にはあの目つきをする。二人の間に流れるのは沈黙と言う名の回答。小夜は道化師にとっても、ユウにとっても重要な立場を示す爆弾なのだ。
小夜を駒に堕とす事は出来ない。してしまうと彼女と関わりを持った悪意を持っている人達は命が尽きるまで彼女のコレクションになってしまうのだ。
「……貴方は賢い選択をするわね……貴方の事嫌いじゃないわよ」
彼女の言葉は宙に舞い独り言のように空間に緊迫感を与え続ける。見た目は真面目そうな女性に見えるが、元々は正反対の人間だった過去を知っている身からしたら、敵にまわしたくない存在なのかもしれない。道化師は小夜を見つめながら、頭の中で呟いた。
──この子が自分の両親を洗脳した子供か……と。