It's just a tool
「彼女があんな顔を見せるなんてね」
今日の事を思い出しながら、ぽつりと呟いた。誰もいない空間の中で聞き手になっているのはパソコンだけ。自分の日常の一部を記録する為にこの時間帯になると文章を綴る習慣がある。元々は形のいびつな言葉達を文章へと変え、その裏側に表には出せれない情報源の一つとして物語として作り替えていく。その先にあるのは『メッセージ』を含ませた考えそのものが隠れている。
自分と同じ立場なら気づく人はいる。そしてその事柄に気付く人間は自分よりも強欲で支配心を持った人間が溢れかえるだろう。しかし、それが一つの目的を形とする為の地盤としては優秀とも言える。
『小夜は暗い文章ばかりだな……まぁ、仕方ないか。君の生き方を知ると納得してしまうからね』
「……あんたみたいなひょろい男に納得されたくないわ」
『仕方ないだろう? 君と俺は似た者同士なのだからね』
「うるさい」
こんな時にアイツの事を思い出すなんて笑ってしまう自分がいた。地毛が青色で産まれたアイツはいつも綺麗事ばかりを並べて、夢想していた。その姿を見る度に、嫌悪感が膨らんでいた子供だった自分がいたな、と自虐するように苦笑していた。
「あんたは夢を語る事で状況を変えようとした。表面的ならそれでもいい。奥深くまで見ている人間からすればそれはただの幻想でしかないんだからね」
痛みから逃れる為にそれに縋り付くしかなかったのだろう。それもまた一つの生き方だから──
あの時、きっとあゆにはアイツの言葉が必要な気がしていた。何故かは分からないけど、直観で感じていた。彼女が人間を通し見ている幻影の形はアイツの姿そのもののような気がしたから。痛い所を突くように、ただアイツの空気感を再現して、言葉の柔らかさと温もりを思い出しながら真似ただけ。
「似てる人を見ていると思っていたけど、まさかね」
全ての軸には闇が産まれる。表面から見える状況と裏に潜んでいる現実から逃げる事は出来ない。そこには感情に揺られながら生き流れる人達がいる。しかし、小夜はそんな生き方を選ぶ事はなかった。異質な存在は恐怖を与える。何が正解で不正解なのか図る事も出来ない人達を取り込む為の仮面として使うに越したことはないが、それが軸になってしまうと危うさしか生まれない。
『君は書き続けるんだね……その先に見えるものはきっと』
青い海はすっと黒く染まっていく。まるで侵食するように。綺麗に見えるものによりつく虫達は自分達の思惑を遂行させる為に、蜜を吸いつくしていく。何年も、何十年も──
「──力のバランスを逆転させる為の道具に過ぎないのよ、私のしている事はね」
物語を書きながら、黒い言葉達を散りばめていく。
それは人の人生を、運命を変えていく、一つの武器であり、狂気になるからだ──




