kicking sound
『どうする? 何処行く?』
最初は敬語から入っていたのに、呼び捨てで呼び合うようになると必然的に距離が近くなる。いい傾向でもあるが、自分の心の部屋を覗かれる可能性もあるのだ。小夜は例え知られてもあゆは行動を起こさないと判断しながらも、念の為にバタンと扉を閉めた。
──おやすみ、いい子にして寝るんだよ。
黒い渦に包まれた部屋の扉は閉められると、ガシャンと鎖が巻き付き、他者では開かない程強固に固められる。人間の性格の内側を理解しているからこそ、あえて分離を選んだのだ。感情を捨て『人間』として生きる選択を捨てた小夜はあの女の言葉を思い出す。その内容を知っているのは小夜ともう一人だけだ。決して口に出してはいけない言葉として二人は指切りをし、守っている。
どれだけ月日が流れても、あの時の事は忘れる事はないだろう。それでいいのかもしれない。
『……よ…サ……小夜?』
気がつくと心配そうにあゆが小夜の名前を連呼していた。反応の全くない小夜を見ていた瞳は揺れている。声に引き付けられたと言うよりも、その瞳の奥に吸い寄せられた感じだった。誤魔化す事も考えたが、そうしてしまうと偽りの割合が増えてしまう。それは他者に不安や警戒心を抱かせてしまう。だからこそ、表現する言葉の方向性を捩じって、言った。
「ごめん、少し眩暈がして……」
決して嘘ではなかった。通常はいつも通り頭の回転数は安定している。そのリズムに合わせて瞳の裏側で映像が流れているのだ。しかし、時々頭の奥底でカチッと音が鳴り響き、ハマル瞬間がある。自分の身体の容量を遥かに超える情報量に体調を崩してしまう傾向があった。あの瞬間に入ると、自分の全ては抜け落ちて、ただの血を流す人形になる。意識などしていないのに、その感覚に慣れた体は小夜の代わりに体を動かしてくれるようになっていた。
『大丈夫? 少し休もうか』
「そうだね」
小夜は気弱に微笑みながら、あゆの提案に乗る事にした。
近くにあった喫茶店に入ると、チリンとドアを蹴る音が優しく浸透していく。あゆはその響きから逃げようと髪をかきあげる仕草を見せ、小夜に気付かれないように右耳を抑える。彼女の仕草を見ているとどうもトラウマとかではないようだった。どちらかと言うと神経質、ヒステリック、性格によるものだと思っている。
話すのは好きだけど、聞き役には向いていない性格を把握すると、頭の中のメモ帳に書き込んでいく。連想していくとその人の抱えるもの、背景が見えてくる。それは人を実験台にしてお題からの最初のイメージを一人一人に回答してもらうものだ。一番最初のイメージが全身を支配し固定概念と言う枠組みの中で作られていく。そうして伝達信号により、行動、感情に反映されていく。あゆの服装、仕草、選ぶ言葉、それらを含めると依存性が高いタイプでもあるようにも見られる。
身近な異性が彼女にとっての鍵になると感じた小夜は、あえて言った。
「あゆと一緒にいると心強いよ──安心する」
その言葉の続きには余韻を含ませると、小夜の顔を驚いたように見つめ返してくるあゆがいた。