誰にも言ってはいけない『約束』
カチカチとキーボードを叩く音が暗闇の中でこだまのように響いている。彼女の姿をぼんやりと包み込むモニターが叫び声を象徴するかのように支えようとしている。
『私にはこれしかないんだよ。だから──』
ギリッと歯を食いしばると憤りのない感情を噛みしめるように唇から血が溢れていく。まるで涙のような美しさを表現していた。彼女は『過去』の出来事を小説を介して執筆しているweb作家だ。普通の人生を歩もうとした、何度も、何度も。闇に堕ちた自分にもきっと『希望』が『光』があると信じて止まなかった、あの時までは。
髪が長い自分の姿を鏡越しで見ていると吐き気がする。あの女の置物として産まれてきたなんて認めたくなかった。周囲の大人達は都合のいい情報だけを見て、彼女を罵倒し、そして自分の手ごまにしようとしているのは明確だった。
『分かってる、こんなの。慣れてる』
何百人の人々が彼女が横切ると一斉に見ていた。くすくす笑う声、自分を指さしながら噂話を偽造していく奴ら。何百人敵がいてもよかった。自分がいつか本当の自分として生きれるような年齢になる為に贅沢は言えない。
『どうして……こんな事を』
石がコロコロと彼女の足元へ転がってきた。うっすらと着いていた血は心に闇と快楽を落とし込みながら成長していく。子供の姿をした化け物はクッと低く笑うと自分の祖母にこう言った。
『どうしてそんな顔をするの? 私はやられた事をやり返しただけ。それがどうしていけないの?大人だってそう、いつも嘘つきばかり。やられる前にやる、その何が悪い? これ以上自分を潰されないようにする為の対処をしただけなのに、どうして怒るの? 悲しむの?』
彼女の目は真っ黒に染まっていた。そこには明るかった笑顔の似合う少女はいない。見たくないものを見てきた結果がこれだった。彼女を追い込み、人間としての全ての感情を奪ったきっかけを作ってしまった祖母はポロポロと涙を流しながら、地べたへ滑り落ちた。
『お前は優しい子、お願いだから昔のお前に戻っておくれ』
都合の悪い事になるとすぐそうやって媚を売る。それが人間の本質と身を持って知った彼女は作り物の感情を捨て、本当の自分を祖母の前に披露する。
『生きる為には仕方ないよね。人間は弱肉強食だもの。だからこそ、私は強者になる。人は簡単に人をコロスのに、どうして私がそれをしちゃダメなの? 綺麗事で生きてる訳じゃないんだからさ。分かってるよね?』
祖母は彼女の本心を知り、自分のした過ちが一人の少女の人格を感情を人生を狂わせた事に、今更気づく。これ以上、彼女にその考えが間違っていると否定しても、受け入れられる事はない。
約束をしよう
お前が『人間』として生きる為に
その殺意は憎悪は
誰にも言ってはいけない
座り込んでしまった祖母を彼女はまるでガラクタを見るような目で見ている。
そこには何の感情もない。そんなものは全て心の奥底に吸収されて、何も感じなくなってしまった。
『ふふふ。それが貴女の願いなんだね? だったら私に『人間』を教えてよ。それが出来たら受け入れてあげる。それで満足だよね? おばあちゃん』
捨てた感情の代わりになるものは『演技』だ。それを彼女は知っている。一度捨ててしまった感情を取り戻せなくても、近いものを作る事は出来た。最初は偽物でも、何年も、何十年も繰り返せば当たり前になっていく。
『私は人間になれたよ。だから私の願い通りの色に染めていくね』
柔らかな表情でそう呟く彼女は唇にこびり付いた血をペロリと一舐めすると、微笑んだ。




