洗脳の音と確実性にする支配
カタカタとキーボードを打つ音が響く。昔の事を思い出しながら作業をしていた道化師はあの女の声を温もりを忘れる事が出来なかった。そしてその女から別の匂いがしていた事も彼に魂の記憶を思い出させるきっかけにしか過ぎなかった。
『あの子を分解すればあの女達が表に出てくる。その時に──』
誰もいなくなった部屋でポツリと呟いた。無意識に漏れた心の声は砂時計のように時間と共に消えていく。その余韻を残しながら指を止めてしまう彼がいる。もう人間とも言えない『身体』になったのに、どうしてだか疲れたような気がして、背伸びをする。自分の脳にインプットされている記憶のせいかもしれない。
『私はもう人として生きていたくないのだよ。君達と同じ存在になりたいのだからね』
苦虫を噛む。自分は選ばれなかった存在なのにどうしても魂の記憶が道化師を動かしていく。欲しかったものを手に入れ、美しく、肉片が残らないまでに消し去りたい衝動を抱きながら、夢を見る。
『身体を持たない存在に出来て、私に出来ないはずはない』
自分に言い聞かせるように言葉を作り出していく。道化師はナギトと名乗っていた愚かで脆い自分の姿を憎みながらも、同じレールに乗りたいと奥底で叫んでいる。
消音にしていたパソコンの音量をいじると、映像が流れる。
『……本当に美しい』
人を憎みながら刺されていく者の苦痛とうめき声、大量の死体の映像、全身を切り付け愉快に笑っている女の奇声、沢山の者達から流れ出る血の映像がパッパッと切り替わっていく。その間にキーンとチューナーの音が響く。
人が心地よいと感じる周波数で彩られた4,000Hzを中心に174Hzの音が重なり映像の裏で音を奏で始める。洗脳するのに合う周波数440Hzをメインにどの国でも影響を与える事が出来るように442Hz、444Hz、448Hzをなるべく気づけないように組み込んでいく。
『心地よい音と重ねるとどうなるだろうな』
視角、聴覚、感覚、嗅覚で実験をしていくのが一番効果的だと道化師は考えている。その中で一番気づかれにくいのは周波数とも。
『嫌な感覚も何度も繰り返す事により快楽へと変わるものだからな。人間の人体にどういう影響を及ぼすのかを確かめる為には面白いと思うが……』
この映像と音声を聴かす為には『治療』を称した脳を弄る『スティモシーバー』をする必要がある。いい方面に使えば治療になるが、違う方面に使えば人間の感情、肉体のコントロールを支配出来るものでもある。
それを確実性のあるものにする為により美しい人間を創り出す為に、道化師は僕を最初の実験体にしている。
『ユウ本人は勿論、ミオリも気づいていない。私を監視しているのはあの女どもだろうな』
コキコキとクビを鳴らすと、映像を切り、消音にした。まだ完成形ではないのだが、聞いていてあまりいいものではない。キンキンと脳にはりつく感覚は癖になるが、道化師の脳はコンピューターによって制御されているのだから、人間とは違う効果を出してしまう可能性がある。
だからこそ、少しの調整をするだけで、後は別の作業をし始めるのだ。