治療
頭の中の虫が脳を圧迫している。僕が僕じゃないような感覚の中でどうにか生きているけれど、道化師に『治療』をしてもらうと、自由を感じられるんだ。この時の僕は何も知らなかった。
余計な感情を吸収しないように沢山の記憶を消されていた事に──
『ユウ、どうだった? 楽しかったかい?』
「そうだね。いい経験にはなったかな」
『そうかそうか。私の代わりに行ってもらってすまないね』
道化師の言葉には感情がない。全て作り物だ。自分が壊れているのかもしれないが、彼を見ているとそう感じる。生きた人間の匂いがない。狂気を楽しむ事も、他者の事にも興味がないような感じに見えた。僕の気のせいかもしれないけど、そう直観が伝えてくれる。
なのに、どうしてだか僕には何か黒いものを……隠し持っている感覚もする。掴みどころのない存在と言えばいいのだろうか。自分でもどう説明していいのか分からない。
「ねぇ道化師」
「ん?」
「あんたは──」
何を見ているんだ?
続きの言葉を口に出そうとした瞬間、勢いよくドアが開いた。
『探したわよ、ガキ』
「げ」
『げ、って何よ。折角迎えに来て上げたのに、失礼だわ』
ミオリは機嫌悪そうに僕を睨みつけながらグダグダ言っている。ここには道化師もいるのに、存在していない者のように扱っている。
『ミオリ、君の声はデカすぎる。少し静かにしてくれないか』
『あ。道化師いたの? 存在感薄すぎでしょ』
いやいや、ミオリが存在感ありすぎるんだけど、と言いたくなってしまう。いつもキンキン声で話してくるからサイレンを聴いているようで頭痛が酷くなった。最初は僕に興味なかったのかシカトだったんだけど、最近はやたらと絡まれる事が多くなった。
道化師はミオリの言葉を無視し、何かをパソコンに打ち込んでいる。さっきまで僕と話していたのに、急に作業をし始めた。
二人の間に何があるのか分からないけれど、きっと僕には関係のない事だろう。
「ミオリ、僕に用があったんじゃないの?」
『あっ、そうだった』
「ここは道化師が仕事をしているから、僕の部屋で話そうか」
チラリと道化師を見ると、集中しているのか僕達の会話に反応なし。そんな姿を見ながらも、どうしてだか『懐かしい』気持ちになっている僕がいる。
脳みそを喰らう虫はいない。
今は、いない。
あの感覚を思い出したくない、そんな気持ちもあったのかもしれない。
僕とミオリは道化師を残して、部屋を出た。