人間としても男性としても素敵な人
コツコツと革靴の音が響いてくる。男が歩く道には沢山の花が咲いているように見えた。一人一人に挨拶をしながら僕の前に来た人。緊張しながら顔を上げると、整ったいかにも仕事の出来る一人の男性がそこにいた。
『はじめまして、名前は何と言うのかな?』
「……ユウです」
『そうかユウ君か。この食事会に来るのは初めてだよね?』
微笑み方にも上品さがある。どんな表情で返していいのか分からない僕は一瞬、固まってしまう。そんな僕を見てクスリと笑う。男性のを纏う空気には色香が漂っていて、僕さえも取り込もうとしている。
『緊張しなくていいよ、ここに来る人達は皆仲間だからね。食事は美味しいかな?』
「はい」
斜めにしているグラスを落としそうになる。トクトクと注がれていくワインは赤く、まるで血を注がれているような錯覚に陥りそうになるのだ。今まで出会ってきた人の中でも、こんな雰囲気がある人には出会った事はない。生きる世界が違うと言うのだろうか。その作られた表情からは人間臭さはなく、あるのは甘い香りだけだった。
注ぎ終えると、彼は僕と目が合うように屈み『楽しんで』と微笑み、次の客の元へと去ろうとする。人間としても、男性としても魅力的な人と言うのはこの人の事を言うんだろうな、と思った瞬間でもある。
『会長、いい男だろ?』
「え」
『見惚れていたじゃないか。まぁそりゃそうだ、あの方がいるから成り立っているんだからね。器がありカリスマ性もある、あの人が出てくるだけで人々は黙るし、自分の立ち位置を思い知るんだからな』
「そうなんですね……」
男はそう語ると、会話に乗ってくる女性陣が現る。
『あの人になら利用されてもいいな』
『お前じゃ無理無理』
『はぁ? あんたに言われる筋合いないんだけど』
『ハハッ』
こうやって沢山の人達の楽しむ顔を見ていると自分が何をしに来たのか分からなくなってしまう。一人が楽な僕でも孤独を好む僕でも、混ざりたいと思う程だ。
ドクンドクン──
心臓の音が響く。会長の綺麗な声がコダマのように響いて耳から離れてはくれない。初めての環境の中で自分とは交わる事のない完璧な人。僕には少し刺激が強かったんだ。
コツコツと遠ざかる革靴の音がまた別の人の耳へと入り込んでいく。きっと僕だけじゃない、他の人もあんな素敵な人に優しくされると勘違いしそうになるだろう。
「モテる男性ですね」
無意識に僕の口から零れた音は同じ席の人達の耳に浸透していく。そんな僕を見て、優しそうに見守っている大人達がそこにいた。