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RED NAIL  作者: 空蝉ゆあん
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招待状


 ああああああああ

 頭が痺れていく


 落ちる

 落ちる


 脳は焼け焦げて匂いを嗅ぐ度に高揚していく


 「君となら『地獄』に堕ちていけるよ。だから──」


 そうやって僕は悪意を愛する事を知っていくんだ。



 ポチャンポチャンと水滴が落ちる音が響いていく。蛇口をきちんと閉めていないのだろう。孤独の中に響いていく音が心地いい。人が住んでいるはずなのに、生きた人間の『匂い』が全くしない。廃墟にいるような錯覚さえも愛しくなる。


 『ユウ、気分はどうだい?』

 「最高だね、頭がスッキリして、今ならどんな事(・・・・)でも出来そうだよ」

 『それならよかった』

 「僕の中のいらないゴミを排除してくれたのは君だろう? 本当に感謝しかないね」


 僕の言葉が嬉しいのか男は笑う。少しは覚えているけど、あまり記憶がないんだ。なのにどうしてだか一切の不安を感じる事が出来ない。男は僕にスーツを用意した。


 『君の衣装(・・)だ。楽しみなさい』

 「そうさせてもらうよ、道化師」


 少しずつ僕が変わっていく。今までの自分の生き道を否定する為に僕は生きる事を選んだ。まだ黒い虫が邪魔してくるけど、そんなのは関係ない。その苦しみも残酷さも楽しめばいいのだから、簡単な事だった。


 『なんであたしがコイツと行かないといけないわけ?』

 「ミオリは僕の事が嫌いなんだね」

 『フン、当たり前じゃない』

 「ははは。素直なんだね、嫌いじゃないよ、僕」


 自分が本当に笑っているのかなんて分からない。ただこれから楽しい事が起こる予兆があるから、笑ってしまうんだ。そんな僕とミオリを見つめる道化師だけは気づいている。僕の口元だけが微笑んでいる事に。瞳の奥には破壊衝動を抑える事が出来ない昔の僕が苦しみながら、眠っている。


 僕はスーツに袖を通しながら、笑っている。


 眠っている僕が起きるのはいつなんだろうね──




 ネクタイに慣れていない僕は違和感を感じながら『ある場所』の空間を楽しむ事にした。スーツで僕達『客』を招き入れるのは僕以上に闇に沈んでいる人達だった。


 『招待状をお持ちですか?』


 ガタイのいい男が僕に聞いてくる。僕は渡されていた招待状を彼に渡すんだ。見た目は威圧を放っているのに、柔らかな対応で勉強になる。自分の目指すべき『演技(かお)』はコレだと実感した。


 「お仕事大変ですね、お兄さん」

 『そんな事はないよ、君見ない顔だね』

 「ええ友人(・・)に誘われたんですよ。初めて来ました」

 

 柔らかな表情で返されるとつい合わせてしまう。こういう所が誤解される所かもしれない。


 『そうなんだね。君みたいな子がこういう(・・・・)場所(とこ)に来るのは珍しいから、つい言葉が乱れてしまうね』

 「気にしないでください。僕も自分がこういう世界の方々との交流が出来るなんて思いもしませんでしたよ、何かの縁だと感じています」


 彼は顔色一つ変える事はない。僕が聞きたいと思った彼の人生を。初対面だけどこの人なら話してくれるだろう。僕はいつも通りに楽しんでいるフリをして、彼との会話の中で人生を見た。話したのは五分くらいだ。それも楽しい一つの余興だろう。


 『きっとこの経験は君の軸の一つになると思うよ。足を踏み込みすぎなければいい『刺激』になると思うし。どう楽しむかは君次第だね』

 「そうですね、今日は楽しみます」

 『うん、それがいいよ。君みたいな子が来る所ではないんだけどね。だけどこれもきっといい経験になる。俺も色々と話せてよかったよ』

 「もう泣かないでくださいね? 仕事モードに切り替えないと」

 

 意地悪く指摘すると、彼はハンカチで涙を拭く。ハンカチに隠れている視線をソッと元に戻して仕事の顔に仕上げていく。


 『楽しんで、怖くないから』

 「勿論です」



 踏み込んだ事のない世界の入り口には沢山の十字架を背負う人達がいる。すれ違う時に横目で彼等を見た。お兄さんは別の招待客の対応を始めた。僕に見向きもしない。それが彼の仕事なのだから仕方ないのだ、そう思いながら視線を外すとその後ろにいる一人の男性と目が合った。


 『ようこそ』


 それだけ呟き、男性は定位置に戻っていく。ピリピリとした空気感の中でゾクゾクしていく体。重圧はこれ程にもワクワクするものなのかと感じながら、口元を綻ばした。



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