黒い虫
道化師は僕の頭の中に埋め尽くされているカグラの映像を見ている。僕の脳と機械を繋ぐだけで映像化出来てしまうものだ。鎮静剤と睡眠薬を投与しているから今は目を覚まさないと考え、確認する為に僕に刻まれた『ゆめ』の内容を確認している。
『やはり君は最高だな、ユウ。彼女に選ばれたのだからな。私の元へ帰ってきてくれたのだ、嬉しくてお前さえもコロシテしまいそうだよ』
低く笑いながら眼鏡を外す道化師は昔の自分に戻った感覚に陥りながら、高揚した。恨みながら死んで行ったカグラのコピー品を見つけたのだから尚更だ。
『私には分かる。君は彼女と似ているね、だからこそ私はユウ、お前の父親になりたいと望んだのだよ』
どうせ覚えていても耐えられる記憶ではない。ユウにとっては障害になるような内容だ。闇に堕ちたカグラは自分の分身のように思えたユウを……僕に二人の子供の影を重ねていた。長い歴史の中で繁栄する為には『人柱』が必要と言われていた事を覚えている。夢の中で孤独な僕は沢山の記憶を奪われながら、作り替えられようとしている。
何故自分がこの場にいるのか、何をしてここに拉致されているのかを理解出来ないまま、時は流れていく。念は広がっていくのだ、映像を吸収する為に道化師は自分の脳に僕の記憶を書き込んでいく。誰にも見せた事のない姿をこの空間の中で披露しながら、愉悦しているのだ。
人間として生きる事を捨てた彼はもう『ナギト』ではない。自分の名前さえも自由を奪われている気がして、全て捨てたのだ。そうして殆ど人間の肉体を失い、機械を身体に埋め込み生きているのが道化師の姿。
皮膚に見立ててあるシリコンの肌を取り、直接自分の脳へと干渉させていく。自分の知らないカグラが僕の中で生きている、見た目も似ている僕とカグラに自分の願いを欲望をぶつける為に生きる選択をした一人の男。
『汚れた血筋と言われている君だけど、こんな美しい記憶を隠していたんだな、ユウ。君から得るものは面白い。彼女が君を選んだ気持ちも分かるよ』
『んん……』
気持ち悪い感触が頭に響き渡る。僕は額に汗を濡らしながら、瞼を揺らす。
『いじりすぎたか、じゃあ慣れていく為に少しずつ訓練しよう。私が君をカグラにしてあげるよ』
頭の中に大きな虫が這っている。無意識の中で抵抗している僕を喰らおうと近づいてくる。脳から右手足そして全身へと広がっていく。
自分は生きた人間なのか?