命の炎
純粋な気持ちの中に少しずつ広がっていく『憎悪』そして花が咲くころには『殺意』に変化していく。それはそれは恐ろしく美しい過去の記憶。
匂いが広がっていく──
全てを手に入れる為に男は動き始める。眼鏡をかけると仕事モードに切り替わる。優しく微笑みながら沢山の甘い考えの奴らを踏み台にし、金に変えていく。それが生きる為の方法であり、欲望を満たす為の行動だった。
『それでいいんですね』
『ああ。後は君に任せた』
老人は男にそう伝えると奥の部屋へと消えていく。その背中を見つめながら、遠ざかっていくのを確認して眼鏡を取る。
『これだから面白いのだな、人間と言うものは』
男はニヤリと笑いながら道化師となる。沢山の表と裏を観察しながらその中心を選択していくのだ。欲しいものは全て自分の手に──その為なら多少の犠牲は必要と考えながら、誰にも聞こえないように低く笑った。
朝露は綺麗な産声をあげる。そしてまた一つ一つと命の炎が揺らいで消える。
綺麗だった──
男はそう呟きながら、二つの死体を愛でている。
まだ誰も気づかない。この真実を知っているのは自分と老人の二人だけなのだから。
『いい夢を見るんだよ二人共。おやすみ』
外していた眼鏡をかける。恨み、苦しみ、藻掻き死んでいった二人の子供を残して去っていく。
『お前に任せてよかったよ』
『手に入らないのなら必要ありませんからね。生きてもらっては困るでしょう?』
『ハハッ、やはり君に任せてよかったよナギト君』
ペコリと頭を下げ、次の段階に入る準備をする。時間はかかるだろうが自分には簡単なゲームにしか思えなかった。全ては利益の為、その為ならどんな仮面も被れる。
『いやあ、どうして……あああああああ』
カグラは二つの死体を見て狂ったように泣いている。その姿を見ているだけで高揚するのは何故だろうかとナギトは疑問した。今は仕事中だ。カグラとナギト以外の人間はいない。後は任せると言われたのだから、全うする為にカグラが落ち着くのを待っている。
しかし何時間経っても落ち着く様子のないカグラを見て、痺れを切らしたナギト。せっせと用意した書類を彼女の膝に置き、言った。
『貴女はもうこの家の人間ではありません、お子さんも亡くなりましたし、気の毒ですがここから出て行ってくれませんか?』
『……』
『壊れた人形みたいですね、気持ち悪い。貴女が悪いんですよ? しゃしゃり出て裁判まで持っていくのだから──あの人達に勝てると思ったのですか? 貴女には何の力もない、無力なのですからね』
鼻で嗤うとカグラは目を見開きナギトを見る。その姿は人間の姿をした『鬼』そのものだった。これは面白い表情をするな、と彼はまた笑う。
『誰の差し金ですか?』
『私には何の事だか』
出ていく彼女に帰る場所はない。守りたかった家族ももういない。勿論金もこれからの未来も。それは彼女自身理解しているようだ。一つの鞄を持ち、本家の敷居を離れる。時代が時代だからなのだろうか、仕方ないと思う自分もいれば、もっと彼女の狂った顔を見ていたいと欲望を抱いた自分がいた。
ナギトは去っていく、彼女に言葉を渡す──
『また会いましょう、ね』
その言葉にピクリとも反応をしないカグラ。そんなカグラの背中には黒い霧が巻き付いている。
流れる血を見て
自分は何の為に生きているのかと問いながら
血文字に記した『呪い』を海に投げ入れ、自らの舌を引き裂いた。
また一つの炎が途絶えた瞬間だった──