彼女の闇の始まり
私には二人の娘がいた。双子だった。大切な旦那もいた。しがらみはあったし自由はなかったけれど、家族の笑顔があれば耐えれると自信に満ち溢れていたのを覚えている。味方になってくれる人もいたけど大半は私が嫁いできた事を快く思わない人達だらけだった。
『カグラ、君には苦労をかけてすまない』
『いいのよ、清さん。私は貴方とあの子達が幸せなら、それでいいの』
人を愛する事を知っていたあの頃の私はいつものように口を隠し、微笑んでいる。嵐が来る事も知らずに、この幸せが続くと夢を見ていたバカな私がいた。
彼の仕事は特殊だった。船の上で働いている。半年に一度帰ってきてはこうやって私達に優しさを示してくれていた。彼の仕事内容は機密なのだけれど私を含め三人は知っている状態だった。
『新しい名前を頂いたよ』
『光栄な事じゃない、何て言う名前なの?』
『清光妙崇徳醫院』
『あら』
名前を私と弟さん夫婦には伝えていた。本来なら隠すべき名前。だけれど私達は口外したりはしない、だって家族だから。
『美代佳代は寝ているのかい?』
『ええ。貴方を待つと言っていたけれど、寝てしまったわ』
『そうか、寝顔を見てくるよ』
『はい』
彼の背中が遠くなっていく。私だけを置いて少しずつ離れていく。その背中を見つめる事しか出来なかった私は自分の宿命に気付く事なんてなかった。
彼はまた、かの人の守るべき財産を運搬する為に海へ出た。私も海が好きだった。子供達も綺麗な景色の中で育ってゆく、そう信じていた。
美代和 清──事後死
『どうして……清さん』
『清は死んだ。カグラさん悪いがこの家から出て行ってくれないか』
お父様は冷たい声でそう言った。彼が死んだ事によりこの家の跡継ぎを弟さん達に変更するみたいだ。清が死んで間もないのに、本家を守る為に養子縁組などを裏でしていた事を知った。仕事上、いつか死ぬ可能性を考え、跡継ぎ候補を二人用意していたのだ。
『彼が亡くなってから間もないのに、どうしてそんな事を……』
『この家は守るべき家なのだよ、人が死んだ位で揺らぐ私達ではない』
『そんな』
子供達の泣き声が遠くから聞こえる。私は今こんな冷酷な人達と話をするべきではないと思い、子供達の元へと走った。あの子達が泣いている、私が傍にいて支えなくてはいけない、私は母親なのだから。
『『お母さん』』
美代佳代は駆け付けた私に気付き、足元に抱き着いた。何か怖い事があったのだろう、震えている。自分達の父がいなくなったのを少しずつ理解してきているこの子達に言葉の毒を落とす大人がいたのだ。
『皆がね、佳代と美代が別のお父さんの娘になるって言っているの。あたし達のお父さんは一人しかいないのに』
その言葉を聞いて、ハラワタが煮えくり返った私は親族の集団に割言った。
『何を吹き込んだのですか、この子達はまだ幼いのです』
『カグラさん、ご自分の立場を考えては? あの子達はこの家の血筋、でも貴女は他人なのよ。そんな泥棒猫にこの本家は渡すものか。どんな手を使ってでも、お前をこの家から放り出してやる』
恐ろしい人達。獣に憑りつかれているように瞳の奥が濁っている。私の味方はいないのだ。彼は死んだ。この子達を守るのは私だけ。
『私の子供です、貴女達には渡さない』
『見物だねぇ』
クスクスと嘲るような笑い声が耳につく。私はこれから起こる事から逃げる訳にはいかないと自分自身に言い聞かした。
『『お母さん』』
『大丈夫よ、お母さんが二人を守るからね』
悲しく微笑む私の顔を見ながらも涙をグッと堪えようとしている娘達。そんなあの子達になんて言葉をかけていいのか分からない、これ以上は。
だから代わりに抱きしめた──