私と同じ『匂い』
「愛してるよ、愛しているからこそ──」
何も知らなかった僕の前に一人の女が現れた。居場所がなくて、産まれてきた意味も見いだせない僕の前に降りてきたんだ。幼い僕は彼女の美しさに見惚れてしまう。時間が止まったような感覚の中で見つめていると、彼女は僕を抱きしめた。
『貴女、ユウでしょう? 本当男の子みたい』
「あんたは?」
ドキドキしながらも冷静さを務めようとしている僕は大人になれる訳でもないのに、なり切ろうとしているただのガキだ。彼女は抱きしめていた手を緩めると、耳元で囁く。
『会いたかった。私の名前は『カグラ』貴女の遠縁にあたる者よ』
「遠縁?」
『親戚よ、親戚』
カグラはくすくす笑いながら口元を隠す。僕から離れていった手は彼女の口元を覆い隠して、怪しい空間を作り上げていく。今まで感じた事のない感覚の中で恐怖に近い感情を持っていく僕がいた。
「親戚が何の用?」
『私はあいつらとは違うわ。ユウ、貴女が何を望んでいるかを知っている』
「僕は何も望んでいない」
どうしてだろう、心が荒れていく。優しく感じていた風も今の僕には毒牙のような存在にしか思えなかった。不信感なんて簡単な言葉じゃ表せれない、僕の知らない暗闇をカグラは知っている。本能的に自分を守ろうとしている僕がいた。
『ユウ、貴女の居場所は私がなってあげる。欲しいものも私が全て与えてあげる。だから、さ。この手を取りなさい』
差し出された右手、視線をずらしていくと腕が傷塗れになっている。見てはいけないと思いながらもどうしてだか目が離せない。そんな僕を見てカグラは微笑む。恐怖の中に響いてくるのは優しい笑い声。狐に騙されているような感じがした。
きっとこの手を取れば彼女の言う通りになるかもしれない。しかし、この手を取ってしまえば後戻りは出来ない、なんとなくだけどそれだけは分かっていた。なのに、スルリと揺れる彼女の腕を見ていると自分の中の悪魔が囁いてきて、振りほどく事も出来なくなる。
この女の手を取れば、俺達の『復讐』に近づく。お前を利用した大人達を闇を落とした奴らに対しても耐性が出来る。だからこそ、そのチャンスを棒に振るのはダメだ、と──
自分の意思かどうか何て分からない。ただ引き寄せられる磁石のように、彼女の手をとっている自分がいた。ハッと我に返った時には、もう遅い。離れようとしても、彼女が僕の手を握ったまま、話さないんだ。
『いい子ね、ユウ』
真っすぐな瞳の奥に隠れているのは僕の心の中に眠っているものを呼び覚ますきっかけになる。彼女の瞳の奥に見えるのは自分を裏切った者達の悲鳴と沢山の血に塗れた過去のカグラの姿。
ドクン──
幻覚を見ているのだろうかと思ったりもしたが、彼女はヒントを僕に与えた。その言葉は僕のもう一つの道を示す鍵になる。
毒は毒で制す
きっと──
『私と同じ匂いがする』