しだれ桜
『カカシ、出かけてくるわね』
アユは黒い衣装を身に纏い柔らかに微笑んだ。少し苦しそうな表情を見て、またあそこへ行くのかと理解したカカシはコクンと頷き、見送った。
『残酷ね』
空間が割れていく。最初は小さな亀裂だったのに、誰かの意思のように命を持ち誘惑してくる。アユの目は笑っていない。口元は優しそうに口角を上げているのだが、瞳の奥は冷たい氷のようだ。ピョンと亀裂に飛び込むとそこに待っているのは彼女を取り込もうとする『念』で埋め尽くされていた。黒い世界、闇が中心とする世界、当たり前が通用しない世界。アユを迎えているのは両側に飾られている人間達だった骸達。憎悪に塗れたそれは今にもアユを喰おうと考えている。
『小物に用はないのよ。私が会いに来たのはあんた達ではない。カグラに会いにきたのだから』
カグラと名前を告げると骸達はカタカタと震えだした。
『邪魔するなら消すわよ』
ギロリと睨みつける。アユの背中には落ち武者が笑いながら小物達に話しかける。
『愉快愉快。ここに来る時はワシがいないとなぁ、アユよ』
『そうね』
『食べていいか? 腹が空いてのぉ』
『好きにしなさい』
背中に張り付いていた落ち武者はアユの背中から離れると骸達をバリボリと食していく。余程、腹が減っていたのだろう。
『うまい、うまい』
『私は先に行くわね。どうせカグラの所には貴方を連れていけないから』
『おお、バリバリ。あの女はいけ好かん。ワシは食事を楽しんでおるから、お前だけで行け』
『はいはい』
落ち武者は道中を邪魔しようとしてくる骸達に対して余計な力を使いたくないから、自分の使い魔にしている。僕の生きている表にもカグラの支配する裏にも、その中立のアユの世界にも行き来出来る。それが出来るのはアユ、彼女だけだ。
骸達が飾られていた空間は抜け、その代わりにしだれ桜が咲き誇る空間へと切り替わる。闇の中心は光で出来ている、だからこそ儚くて美しい。ここの主はそう言い切ったのを覚えている。
『綺麗なしだれ桜でしょう?』
背中から彼女の声が聞こえる。アユは振り返るとそこには口元から血を垂れ流しながら微笑む綺麗な人がいた。
『カグラ、いつからそこにいたの?』
『ふふっ、最初からよ。この世界は私の思い通りに動く世界。気配も消せるのよ』
『そう。今回の出迎えは質が悪いわね』
『ありがとう』
カグラはクスクス笑いながら口元を隠した。見えないように手で覆い口元の血をペロリと舐めている。
『また喰らったのか?』
『ふふっ、美味しかったわよ? 貴女も喰らう?』
ドクンドクンと生きた心臓の音が近づいてくる。カグラは貴女もハマるわよと耳元で囁くと心臓がアユの目の前にボンヤリと浮かんでいた。
『いらないわ』
『あらそう? じゃあ後のデザートにするわ』
クルリとしだれ桜に包まれながらスキップをするカグラ。長い髪を揺らして自分の居場所を満喫している彼女を見て、アユの表情は少しずつ重くなっていく。