執着心の存在
カタン……
「ん……」
僕を夢から現実へと戻していく。一度目起きた時よりもスッキリした感覚の中で起き上がる。そこには『アユ』の姿は見えなかった。あれも夢だったのだろうかと不思議なくらい静かだ。どこからか微かに音がした気がしたのだけど、気のせいだったのだろうか。くるりと周囲を確認してみると、古い埃ががっている部屋だ。ドアの前には鉄格子が見える。二重扉と言う訳か。
音を立てないようにゆっくりとドアへと近づいていく。どちらにしても鉄格子に手をかけると音が出てしまうだろう。気づかれてもよかった。ただ少しの可能性にかけたかったんだ。武器を持っていない僕は弱いだろう。それでも何かしら出来ると考えている。
「……」
心臓の音が加速していく。自分の感情の高鳴りと共に──
Can you hear me?
貴方に私の音が聞こえているかしら?
『いいのかアユ。ボクの所にきて』
「いいのよ、カカシ。接触は出来たのだからね」
『ウム』
カカシには理解出来ないだろう。考える事を放棄している癖に聞きたがる。ただ人間が会話を交わす真似をしているだけ。それがカカシ、仕方ない。
「こちらでも、現実でも網は張った。後は開花するのを待つだけ」
『コワイ、コワイ』
「あら。ありがとう」
私達の始まりを祝福するように黄色い月が赤く染まっていく。まるで人間の流してきた血よりも深く美しい。
「そして醜い」
ポツリと呟いた言葉はカカシの耳には届いていない。例え届いたとしても理解する事はないだろう。カクカクとクビを回しながらフリーズしている。長時間私との会話をしたせいだろう。人間と同じ言葉を使う私の真似をするのだから、だから──
「壊れるのよ。ねぇ貴女もそうでしょ? いつまで人間のままでいるつもりなの?」
『……ワタシは』
カカシの音が眠りについたのを確認して私の傍に来たのね。何度も何度も自分の欲望の為に動いて『人間』としての自分を捨てた存在。その存在は私が闇の一部にする為の『食事』として置いていた。ただそれだけだったのに、彼女の呟きを面白いと感じたから、私の操り人形として生かす選択をした。
「人間は面白い生き物ね。私には到底理解出来ない。だけど貴女のその『執着心』の深さは知りたいと思うのよ? 純粋にね」
『……アユ』
「自由に出来るのはこの世界だけよ。現実に貴女を連れていかす訳にはいかないの。そこは理解しているわよね?」
影でしか存在を保てない存在はゆっくりと頷いた。もう人間の思考など残っていないはずなのにたった一つの『執着心』の為に残されているのだ。