DOLL
するりと細い指先が僕の瞼を撫でる。慈しむように触れる彼女の指先に恐怖を感じながらも抵抗する事はなかった。そんな僕を見て、悪魔のように微笑む彼女。
『アユ』
「え」
『私の名前よ。いつまでも『ナナシ』では味気ないでしょう?』
心臓がドクンと脈打つ。身に覚えのないはずなのに何処かで会った事があるようなそんな錯覚をしてしまう自分がいる。『ナナシ』というキーワードに身体がビクリと反応してしまった。どうしてだか分からないけど、恐怖よりも深い黒いものに触れた気がする。
「僕は……」
『ユウ』
「なんで」
僕の名前を知っているのかと言おうとすると唇に人差し指で塞がれた。まるで蛇に睨まれているように動く事が出来ない。人間よりも人形……彼女の『マリオネット』に堕ちている。
『ユウ、貴女は私には逆らわない。本能でそう感じているでしょう?』
指の腹で唇を撫でられる。ゾクリと背中を震わせているとその反応を楽しむアユの姿が見える。目と目が合った。自分で合わそうとした訳じゃないのに、何故か彼女の視線から逃れる事が出来なくなっている。
まるで支配されているように──
『ユウの答えはいらないのよ、もう決まっているのだからね』
「……」
『ふふっ、いい子ね。こんな子を汚い部屋に監禁するなんて何を考えているのかしらね』
監禁されている事実が彼女の言葉によって記憶が宙から体内へ流れて脳の一部となる。全てが一致すると共にアユは僕の唇から手を離した。
『言いたい事より聞きたい事があるようだね。でも今全てを知る事は許されていないよ。ユウがもう少し大人になってから気づく事だからね』
アユの視線が外された瞬間、身も心も自由になった気がした。心臓さえも捕らわれていた自分から抜け出した感覚が半端ない。
「アユ、君の歌は美しいけど恐ろしい」
『ふふっ、ありがとう』
「褒めた訳じゃない……」
『私からしたら最高の誉め言葉よ』
体を起こそうとすると、その体制でと止められた。意識は先ほどよりはっきりしているが、まだ体に負荷がかかっていると説明させるとベッドの上で天井を見つめるしかない。もう一度眠りたい気持ちもあるが、どうしてか寝る事が出来ない。アユと名乗る女の存在が大きく感じてしまい、このまま夢の世界へと舞い戻ってしまうと、もう戻れない気がする。
『ユウは私の歌を聴いた。だからもう逃れる事は出来ない』
アユと似た声が脳裏の中で響く。リアルすぎてバッとアユに視線を向けた。彼女はびっくりしたような素振りをすると、僕を再び寝かせた。
「僕は寝ない」
『寝れないの間違いじゃない?』
「君は……」
フッと俯いた彼女は微かに笑っている。声からはそんな感じがしないのに、まるで仮面を被っているようで化け物のように感じる。
『子守唄を歌いましょうね』
応答の代わりに歌が返ってくる。眠たくなかったはずなのに、操作されているように脳が痺れて、何も考えられなくなった。
『おやすみDOLL』