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RED NAIL  作者: 法蓮
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主導権


 綺麗な音が聞こえる。誰かの歌声のようだ。僕は微睡んでいる中で海の上に寝転んでいる感覚の中で聴いている。


 綺麗な声だ──


 遠ざかる日常の中で久しぶりに温もりを見た気がした。自分の中で忘れかけていた感情(もの)が浮き上がってくる感覚がたまらない。まだ人間だったのかと思いながら、ゆっくりと目を開く。歪んだ映像の中から浮彫になるのは一人の女の姿だ。近いはずなのに遠く感じるのは何故だろう。不思議な空間の中で魅せられている。


 ちらりと僕に気付いた女はフッと微笑みながらも唇を動かす事はやめなかった。起きた僕を再び寝かそうとしているみたいに感じるのは杞憂か。


 長い時間眠り続けていた気がする。記憶は朧げで簡単に色を取り戻させてはくれない。現実と言えるのは女を見ている僕と歌を歌いながら別空間を生きている女の姿だけだ。


 i dreamed of you

 i should be by your side


 unreachable voice

 sad song

 painful reality


 look at me

 dirty

 suffering


 that's the reality you live in



 貴方の夢を見た

 私は貴方の傍にいるはずなのに


 届かない声

 悲しい歌

 苦しい現実


 私を見て

 汚れて

 苦しんで


 それが貴方の生きる現実




 英語なんて分からない。ロクに勉強なんてしてこなかったから。嫌な思い出がちらりほらりと脳裏に浮かんでくる。歌声を聴く度に苦しくなっていく。ふいに泣いている自分に気付く。視界が揺らいでいる。いつからだろう、ここまで感情を素直に出せたのは……


 『……おはよう』


 僕がそんな事を考えているといつの間にか歌は終わっていた。遠くにいるように感じていた女が僕の傍に来ていたのだ。


 現実離れしている『幻想』を歌として創造出来る逸材はあまりいない。そんな女をジッと観察をするように見ていると、女は言った。


 『ふふっ「おはよう」と言われたらきちんと返さなきゃいけないよ?』

 「あ、おはよう」

 『うん、それでよし』


 自分達の素性なんて話す事なんてなかった。そのタイミングを僕も女も無理して作ろうとしない。それがまた居心地良く感じるのだ。まるで危ないクスリに付け込まれたように、麻痺していく。


 『面白い子供(・・)ね。僕ちゃんは』


 大人の余裕なのだろうか、どんな返しをしても全てすり抜けていく。会話の主導権を握らしてくれる事はなかった。それほど、この女が特別で唯一、僕の欲しいものを持っている。

 

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