現実逃避
自分の求めているものは何だろうか。
ただ自分らしく生きていきたい、それだけだ。
普通の暮らしをして
普通に働いて
普通に、普通に。
「僕の『普通』って何だろう」
頭の中で鳴り響く言葉に意識を奪われたような感覚の中で現実世界へと舞い戻る。
頭が痛い、クラクラする。変な夢を見たせいなのか、それともクスリを盛られたせいなのか分からない。自分がいとも簡単に落ちるなんて、想像が出来ただろうか。自分の手元には何もない。昨日まであった金もスマホも身分証も何もかもだ。
「はぁ……」
巻き込まれたようなものだと自分に納得させようとするが、どうして自分がこんな目に合っているんだとイラついてしまう。もう一度深いため息にも似た『深呼吸』をし、冷静さを取り戻す。今の自分にはこんな事しか出来ない。
ガタン──
物音が天井から聞こえた。目線を上に向けると女の人が降ってきた。
『へぇ。貴女がユウね。可愛いじゃない』
「……貴女は?」
ここは一応丁寧に聞いた方がいいだろう。さっきまでいた夢とは違う現実なのだから余計に、だ。
『私の名前は七子よ。よろしくね』
「ナナシ……」
夢と現実がリンクしているような気がする。すると頭の中で響く音を感じた。
≪ツナガッタ、ツナガッタ≫
ドクドクと脈が乱れていく。予想もつかない展開に頭が追い付かない。本名なのかコードネームなのかは分からないが、夢で聞いた名前が現実世界で存在する。それも起きてすぐの状況で、何か嫌な予感を感じながらも、とりあえずどいてくれるように伝えた。
『ごめんなさいね、天井で寝てたんだけどさ、まさか落ちるとは思わなくてね。あ、これ内緒ね。一応、君を監視する為にいただけだから、寝てたなんて知られたらまた怒られるからさ』
「はぁ」
『状況が飲み込めてないみたいだね、それもそうかー仕方ないよね。まぁまだ馴染んできてないだろうし、もう少し休みなよ、後で起こしてあげるから』
上から人が降ってくる事なんてある訳ないのだが、現実にある。それもその相手は当たり前のように平然としている。七子と名乗る女がどんな立場にいるのか、見当はつかないが……
きっとあの男の部下に違いない──
『眠れないのなら、私が夢を見せてあげようか? それとも子守唄? どうする?』
「自分で寝ます」
『ふふふ、あらいい子。噂には聞いていたけど素直な子じゃないミオリは何が気に入らないのかしら、ね?』
ミオリの名前を聞いて、体が反応する。彼女のせいでこんな事になったんだ。
今、訳の分からない部屋に閉じ込められているのも
七子と名乗る変な女と出会ったのも
不気味な夢を見たのも
全て『ミオリ』と繋がっている。
そう思いたい一心で再び横になった。




