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中年サラリーマン。副業、殺し屋。  作者: おれんじ
第1章 殺し屋サラリーマン誕生
6/11

田中、殺し屋の振る舞いを学ぶ。

 剣山会組長、松原信玄の家屋の中。

 玄関で靴を脱ぐこともせずに土足で奥へと向かう。


 30秒程行進を続けるが、まだ入り口で警備に当たっていた構成員以外とは出くわさない。案外屋内にいる構成員の数は少ないのかと考えながら角を曲がり、その考えが間違いだと思い知らされる。


 出くわしたのは此方へ向かってくる10数名程のヤクザ。鋭い目線の数々が俺と志島月子に降り注ぐ。

 俺はと言えばそりゃ勿論完全に萎縮。だが志島月子は違ったようだ。

 

 シマウマの群れを前にしたライオン。

 彼女は目の前の男たちを狩りの獲物としてしか考えていなかった。


 志島月子は振り返り、腰の引けた俺に向かって呟いた。


「田中さんが殺る?あいつら。」


 俺は無言で首を振る。


「そう…。」


 志島月子が残念がるのと同時に、彼女の背後にいる構成員が銃を構えた。


「ちょっ!おい!アレアレ!」


 急いでピンチを伝えたかったのだが、上手く言葉が紡げない。

 結果として言えば…まぁ、それは彼女にとってピンチでもなんでもなかった。


 志島月子が腕を振るうと、そこから一直線に伸びるチェーン。


「じゃんじゃかじゃーん。」


 狩りを楽しむ女子高生が幼稚な音を口ずさむ。

 今度のチェーンは敵をノックダウンするのではなく、首に巻きつく。

 それをやられた構成員の男は苦しさから銃を手放し首元のチェーンをつかもうとするが、隙間なく皮膚に食い込む金属に対してその行為は意味を成していなかった。


「苦しいよね…ごめんね!」

 

 志島月子がチェーンを強く引き、首を絞められた男の体も同時に彼女へと引き寄せられる。

 その他の構成員はと言えば、見たことのない技術で仲間の1人が圧倒されている数秒間、呆気に取られて動けずにいた。

 しかし直ぐに状況を呑み込み銃を構える。銃口を志島月子へ向ける。


 彼女は目の前に抱き寄せた男をクルリと回転させ、その苦しみに悶える表情を構成員らに見せつけた。

 苦しみに満ちた男の表情が引き金となり、恐怖や脅威を叩きつけられた構成員たちは一斉に銃撃を始める。


 俺はその大きな音に完全に萎縮し、耳を塞いで伏せてしまった。

 発砲音の連続は時間にすれば僅か数秒だったのだろうが、俺には数分続いたかのように感じられた。

 ともかく音は止み、漂うのは火薬の焦げ臭い匂いと…それから血の匂い。


 情けないことに、俺はその匂いを感じて、その後でやっと志島月子の心配をした。

 あれだけの規模の銃撃…しかも廊下に隠れられる場所はない。


 顔を上げるとこちらを見下ろす志島月子と目があった。


「死んだと思った?」


 彼女は身を隠す場所を自ら作り出していた。

 小柄な彼女の体はチェーンで引き寄せた男の影にすっぽりと収まり、飛来した無数の銃弾もまた、男にすっぽりと収まっていた。


 志島月子がチェーンを緩めてやると、血液を穴から吐き出すだけとなった人形が重々しい音を立てて床に転がった。


「セーラー服が血でベタベタよ…これクリーニングでも無理ね。」


 構成員らは依然として志島月子に銃を向けていて、再びトリガーを引くのだが、響くのはカチリという弾切れを知らせる虚しい音だけ。


 彼らの連続した発砲は、突如現れた正体不明の少女に仲間が絞め殺されかけているという恐怖に対しての防衛行為。

 言わばそこに意識や理性といったものはなく、反射的に撃っただけだ。

 そうなると、当然残弾など気にしながらトリガーを引くことなどできない。


 圧倒的な人数差、更には銃という有利な武器。はじめに敵と邂逅した際にはアドバンテージは確実に向こうが握っていた。

 今やそれはひっくり返してしまった。恐怖という感情を利用し、敵に自ら武器を捨てさせたのだ。


 彼女は…志島月子は紛れもなくプロの殺し屋だった。


 状況が一変したことに気が付いた構成員たちに遅れて恐怖がやってくる。


「う……うぉ…うおおおお!!!」


 押し寄せるヤクザの波。

 逃げなかったのはさすがと言ったところか。

 しかし無謀な突進で倒すことができる筈もない。


「タララララン!」


 志島月子は楽しそうな声と共に両手を大きく振るう。

 勢いよく波打ちながら飛び回るチェーンは、やって来る男たちの顎を砕き、肋を砕き、腕を折ったかと思えば次の瞬間は足を折った。

ヤクザたちは次々に戦闘不能に陥っていく。

 

「ひっ!ひいいい!!!」


 列の最後方にいた構成員は目の前の仲間が次々に倒されていくこを見てたまらず悲鳴をあげる。

 勝てる見込みが無いことを悟り背を向けて逃げ出した。


 志島月子はチェーンをセーラー服の中に収めると、はじめに首を絞めた男が落とした銃…唯一弾を残し、人を殺す機能を備えているそれを拾い上げる。


「ふっ。」


 志島月子が小さな空気の切れ端を口から漏らすと、続いて発砲音が大気を震わせた。

 間もなく敵前逃亡を計った男が体を床に打ちつけ、終局を知らせる鈍い音を響かせる。

 

「はい!お終い!」


「……まだどこから現れるか分からねーぞ…。」


「いや、あとはターゲットの組長だけよ。多分ね。女子高生なんていう明らかに自分たちより弱い相手の襲撃…メンツで生きてるヤクザは様子見なんてしないで我先にと命を取りにくる。」


「…だからカメラに中指立てて煽ったのかよ。つーか何でそんなにヤクザに詳しいんだよ。」


「私は日本の指定暴力団を4つ程消したJKよ。」


「そんなJK嫌だ…。」


「ふふ。ねぇ…どう思った?」


「どうって何が?」


「私よ。力を存分に発揮した。」


「ああ…強かったよ。」


「…私ね、数学超苦手なの。毎回赤点。」


「いきなり文脈を無視して何の話だよ。」


「…苦手な数学を続けても…私は楽しくない。だから得意で楽しい殺し屋って仕事をやってる。この流れって…何も難しくない。シンプルな話でしょ?」


「……。」


「田中さんもさ、もっと気楽に考えなって。嫌いだからやらない!得意だから続ける!それでいいじゃない!」


「……得意だと思って得意じゃなかったら?理想と現実が違ったら…。何か…特別な存在になれると信じ続けて、それが幻だったと知ることの代償は…。」


「だーかーら!そんな小難しいことウジウジ悩んでても仕方ないってぇ!万が一殺し屋の才能がなくたって死にはしないんだから…少しくらい傲慢になってさ、一緒にやろうよ暗殺家業!」


「………。」


「はぁ。まあいいわ!行きましょ!本命…組長の元へ!やる気になったのならあなたが殺しちゃってもいいのよ!」


 志島月子は血で靴が汚れることに一切の抵抗を見せず、体を丸めて痛みに堪える男たちの間をスイスイと通っていく。

 俺は男たちに足が当たらないように注意しながら付いていく。

 

 俺の心の中では志島月子の言葉が反芻されていた。

 『才能がなくたって死にはしない。』

 ここだけ切り取れば圧倒的に正しい。


 だが…未来ある若者と中年の俺とでは見えているものが違う。選択肢の幅が違う。

 挑んで砕けることのリスクを取れる年齢はとうに過ぎた。

 結局…やはり俺は怖いんだ。

 志島月子の言う…俺にある殺し屋の才能とやらを信じるのが…信じた末に失敗して無力感に苛まれるのが、どうしようもなく怖いのだ。


「ちょっと田中さん!早く早く!」


 志島月子はローテンションでトボトボと歩くおれを急かした。


「てか…めちゃくちゃ銃撃ったし…音凄かったし…もう逃げてるんじゃないか?」


「言ったでしょ?ヤクザはメンツで生きてんのよ。セーラー服の子供から逃げるなんてできない…特に組長はね。」


 言いながら襖を開けると、立派な和室が広がっていた。

 そしてその中心を剣山会組長、松原信玄が陣取り晩酌をしていた。年齢は50くらいだろうか。白髪混じりの立派な顎髭が目立つ。

 彼は俺たちに背中を向けて座ったまま落ち着いた雰囲気で話し始めた。


「…今夜は満月なんだぜ。ホラ見てみろよ。」


 開き放たれた戸から見える月は廊下の惨状と打って変わってあまりにも美しかった。


「たしかに…超綺麗!」


 いつもの調子で答える志島月子の態度はヤクザの組長との会話としては不自然で、それが俺に非日常的な緊張感をもたらした。


 松原はお猪口に入った酒を飲み干すと、月を見続けながら話し始めた。


「お前…殺し屋だろう。どこの者だ?」


「ホワイトハウスよ。」


 志島月子がそう答えた。

 ホワイトハウス…当然この名称ではじめに頭に浮かぶのはアメリカ官邸だが、さすがにそれを指しているとは考えられない。

 彼女の属する暗殺チームの名前か何かとだろう。

 ……そうだよね?日本の女子高生のバックに米大統領いないよね?


「そうか…どうりで…アイツらじゃ相手にならないな。」


「まあねー。」


「…俺を殺すよう依頼したのはどこのどいつだ?」


「依頼者の情報明かせるワケないじゃん。ただ…まあ一つ言えるのは…カタギでも関係なくドンパチに巻き込むのは良くなかったわね。」


 そういう志島の裾からはいつの間にかチェーンが伸びていた。

 いよいよ仕事を終えるつもりらしい。


「お前らが屋敷に乗り込んだ時から辞世の句ってヤツを考えてたんだが…どうも上手いこと思いつかねぇ。高校くらい出とくんだったな。」


 この男…死を目前にしてひどく落ち着いている。

 というより、自分には死など訪れないとでも言っているかのような余裕があった。


「…ふうっ。」


 志島が小さな息を吐き、腕を振り上げる。

 チェーンが勢いよく飛び出し、松原の頭に目掛けて一直線に飛んでいく。


 チェーンは頭蓋を砕き、中に詰まったものが飛び散ってできあがったグロテスクな光景…それが広がったのは俺の想像の中でだけだった。


 チェーンは松原の頭に届いていない。

 突如として現れた巨体の男…そいつの掌がチェーンを受け止めていた。


「!!!」


 この状況が想定外なのは志島月子も同じようだ。


「遅いよぉ水戸(みと)くぅん。」


 松原が口を尖らせながら言った。

 水戸…この大男の名前だろう。


「すみません組長。ウンコしてて。」


 2メートルを越すであろう、タンクトップ姿の筋骨隆々の男が申し訳なさそうに後頭部に手を当てる様はどこか滑稽に見えた。


「…おい、志島月子。誰なんだよこいつ…。」


「……水戸。水戸拓弥(みとたくや)。プロの殺し屋よ。松原の奴…命が狙われることを悟ってボディガードを雇ってやがった!」


「……勝てるのか?」


「は?勝つわよ。殺すわよ。」


 志島月子が想定外の敵の出現に驚いたのは確かだったが、一方でその敵が大した脅威ではないという彼女の自身も確かだった。

 そのことに俺は安堵する。


「だから…そっちはお願い。」


「…へ?」


「松原よ。田中さんが殺して。私こっちで手一杯になるから。」

 

 …数秒間彼女の発言の意味を模索し、やがて俺は理不尽なお願いをされたことき気が付き抗議する。


「いや…!いやいや!は?約束が違うじゃねーか!俺は何もしなくていい…お前の仕事を見ているだけって…!俺は誰も殺さねーぞ!」


「……じゃあ何もしなくていいけど…何もしなきゃ殺されるわよ。」


 冗談ともとれてしまうような軽快な声色の指摘にハッとした俺は首を捻って松原を見やる。

 すると彼は日本刀を持ちニヤつきながら俺を見ていた。


「2対2の構図かよ!?あのジジイ俺を斬るつもりじゃねーか!!」


「あんたの才能を発揮すれば殺されないから大丈夫!」


 ヤクザの組長に詰め寄られる中年男性にとって、女子高生からのエールなど何の効用もなかっあ。


 この時俺は心の底から思った。

 こんな所に来るんじゃなかったと。


続きます。

次回、やっと田中が活躍できます。

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